はじめに:本誌Vol.24、No.9(283号)に「赤痢菌の検査法の問題点と解決策」のミニ特集が掲載され、全国の実態を知りたいという希望が寄せらた。実態調査は、現在行われている感染症法改正に伴う感染症発生動向調査全体の見直し作業の参考資料としても有用ということで、2003(平成15)年10月に衛生微生物技術協議会リファレンス委員会・渡辺治雄委員長および、同検査情報委員会・岡部信彦委員長名でアンケート調査を行った。その概要を記載する。
方法:オンラインシステムによって細菌検出情報が寄せられている71地方衛生研究所(以下、地研)の赤痢菌検査担当者にアンケートを送付した。内容は、誤同定の件数・推定される原因に加え、病院・検査所・保健所と地研との連携にも焦点を当てた。送付先のすべてから回答が寄せられた。なお、アンケート結果とまとめは、2004(平成16)年5月に各地研に送付した。
赤痢菌と誤同定された事例の経験:直近1年間に33施設で 164件の再検査が行われ、そのうち30件に誤同定が判明した。誤同定した検査機関は保健所(3)、医療機関検査室(11)、民間検査センター(16)であった。
誤同定の内容:鑑別の難しい組織侵入性大腸菌(EIEC)を赤痢菌と誤同定したのは1件だけで、その他は大腸菌(19件)、Morganella morganii (5件)、菌種を特定せず赤痢菌以外と回答(5件)であった(表参照)。誤同定の推定原因は、検査担当者の(1)手技の不正確さ(培地から直接キットへ接種する等)、(2)判定ミス(運動性が弱い株等)、(3)血清検査の結果の判断不具合(因子血清を省略する等)が挙げられている。使用した検査法は、簡易キット・全自動同定機が多く、10機関では生培地TSIとLIMも使用されていた。また、混合血清のみを使用していた機関が多く、遺伝子検査は皆無であった。
地研での赤痢菌検査対応:患者由来菌株を入手している地研が27に対し、届いていないが5、ケースによって届くが38であった(無回答1)。菌株が届けられる根拠は1999(平成11)年の厚生省保健医療局長通知「感染症発生動向調査実施要綱」様式2の欄外に付記されている「2類、3類感染症については医療機関(民間検査所を含む)で病原体を分離した場合は可能な範囲で地方衛生研究所への分離株の送付をお願いします」という文言(以下「局長通知」)と「疫学調査」が主であった。44地研で通知が執行され、問題は特にないところが多いが、予算・人員、「局長通知の強制力」、「行政の理解」に問題ありが12地研あった。未執行の25地研では、多くが「執行は行政による対応」を挙げていた(無回答2)。
「局長通知」の改定について:上記局長通知中の文言「可能な範囲で」を「すべて」にした場合に問題があると回答した地研は、全体の4分の1と少なかった。人員・予算等の地研側の問題と、インフォームドコンセントを含め医療機関の負担増および菌株の搬送等の問題を挙げていた。また、通知から「可能な範囲で」をはずすだけでは周知徹底されないので、「法令として整備」、「別の通知文の発出」とともに「行政・検査機関・保健所・地研の役割を明確に」が挙げられていた。また、県外の民間検査センターで分離された菌株をどう確保するか、それぞれの自治体単位では対応が難しいということが指摘されていた。
結語:仮に、医療機関が誤同定して赤痢患者の届出が行われると、当該患者に対する不利益だけでなく、感染症対策への混乱が起こることになる。この状況を未然に防ぐためには、医療機関等の検査室で赤痢菌の確定が困難な場合、「赤痢疑い」の段階で地研が検査を行える方策を通知等で指示する必要があると思われる。また、感染症対策上、届出後の菌株の送付についても、すべての菌株を地研、さらには感染症研究所に送って疫学的解析および必要があれば確認をするのが適正と思われる。
2004(平成16)年1月にこのアンケート結果を添えて、国立感染症研究所レファレンス委員会委員長名で厚生科学審議会感染症分科会会長宛に「感染症発生動向調査実施要領(1999年3月31日局長通知)の様式2の改訂のお願い」の要望書が提出され、同年2月にこの問題が感染症分科会で議題として取り上げられた。これを受けて、2004(平成16)年9月15日の感染症法施行規則改正において、「都道府県知事は、感染症の発生を予防し、発生状況等の調査等を実施するときは、必要な物件の提出を求める」ものとされた(参考1参照)。
前述の確定前段階での検査依頼も含め、(1)赤痢(疑いの濃厚な場合を含む)発生を探知した検査機関から保健所への通報、(2)保健所による検査材料・菌株の収集と検査および地方衛生研究所への菌株の搬送、(3)必要があれば地方衛生研究所における確認検査、および感染研への菌株の送付、(4)検査情報の保健所・検査機関への還元等の具体化、が不可欠である。また、地方自治体の財政悪化に伴う検査担当者の削減や頻繁な異動により、検査レベルの低下が指摘されている。このようなことも踏まえ、感染症法第9条の規定に基づき厚生労働大臣が定める「感染症の予防の総合的な推進を図るための基本的な指針」が2005(平成17)年3月31日に改正され、2類〜5類感染症については、地方衛生研究所において、その病原体の検出が可能となるよう人材の養成および必要な資器材の整備を行うよう努めることが明記された(参考2参照)。今後、医療機関の負担増、民間検査センターの広域化を考慮し、地研側の人員・予算の充実も含めた国全体の感染症対応システムの構築が必要であろう。
参考1
(感染症の発生の状況、動向及び原因の調査)
第八条 都道府県知事は、次に掲げる場合に、法第十五条第一項の規定を実施するものとする。
( 略 )
2 都道府県知事は、法第十五条第一項の規定を実施するときは、採取した検体、検査結果を記載した書類その他の感染症の発生状況、動向及び原因を明らかにするために必要な物件の提出を求めるものとする。
参考2
感染症の予防の総合的な推進を図るための基本的な指針(平成11年厚生省告示第115号)
第7 感染症の病原体等の検査の実施体制及び検査能力の向上に関する事項
三 都道府県等における感染症の病原体等の検査の推進
1(略)都道府県等は、広域にわたり又は大規模に感染症が発生し、又はまん延した場合を想定し、必要な対応についてあらかじめ近隣の都道府県等との協力体制について協議しておくことが望ましい。また、二類感染症、三類感染症、四類感染症及び五類感染症の病原体等については、地方衛生研究所において、人体から検出される病原体及び水、環境又は動物に由来する病原体の検出が可能となるよう、人材の養成及び必要な資器材の整備を行うよう努める。
国立感染症研究所・感染症情報センター
伊藤健一郎 山下和予 吉川昌江 野地元子 齊藤剛仁 岡部信彦
国立感染症研究所・細菌第一部
寺嶋 淳 廣瀬健二 渡辺治雄