三重県の保育園で施設内感染した志賀毒素産生性大腸菌O157感染症

(Vol.26 p 142-144)

はじめに

三重県いなべ市の保育園で2004年7月下旬、粘血下痢便を排した1歳保育園児が志賀毒素産生性大腸菌(STEC)O157:H7の感染であることが判明した。その後、同じクラスの0〜1歳園児の中に下痢、発熱等の所見を呈する児が認められ、患児からSTEC O157:H7が分離された。さらにこの保育園では、他のクラスにも同様の所見を呈する園児があり、園児の家族への感染も認められる施設内ならびに家族内での水平感染が疑われ、最終的に患者および保菌者は、園児やその家族合わせて23名にのぼった。そこで、本事例に関する背景ならびに施設内における集団発生に対する対応についてまとめたのでその概要を報告する。

1.概要および経過

初発患者(No.1)は、2004年7月29日に発熱を呈し、8月1日より血便を排していた。3日の便から志賀毒素産生遺伝子(stx )2保有STEC O157:H7が検出されたため、7日に診断した医師から届出があった。この患者は、いなべ市の某保育園児であったため、園に他の園児の健康状態を問い合わせたところ、初発患児と同じA組で下痢症状がある園児が複数いるとの情報を得た。さらに、7月27日から下痢、血便、発熱が見られ、検便ではSTEC O157陰性であったものの、溶血性尿毒症症候群(HUS)で入院中の園児がいることも判明した。そこで、8月8日、職員およびA組園児とその家族に対し各戸訪問による調査を行ったところ、7月上旬から下痢をしている児が散見され、この時点では半数以上に下痢症状が認められた。他方、2、3、4、5歳児クラスで下痢をしているものは各クラス1〜2名という状況であった。クラス別に異なるプールが使用されていたが、A組が使用していた簡易プールのみには乳児への皮膚刺激を考慮して塩素剤が投入されていなかった。これら調査結果から、園長は園医と相談し8日夜、9日からのA組閉鎖を決定した。他クラスの保育および給食は継続したが、プールは一時休止された。9日夜には、保護者の不安の解消を図るべく、園が全保護者に対する説明会を開催し、経過と現状、今後の感染拡大防止策等について説明した。

2.検査結果

表1には、検査区分ごとの成績を示した。0〜1歳児A組では22名中13名(59%)から初発患者と同様のstx 2保有STEC O157:H7が分離された。同時に初発患者の家族4名に対して調査を行ったところ、有症状者はなく、検便結果も全員陰性であった。8月8日〜13日、全園児と職員、A組園児の家族等の検便を実施したところ、園児15名、職員1名、家族6名、計22名が新たにstx 2保有STEC O157:H7に感染していることが判明した。合わせて23名から分離した菌についてパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)を行ったところ、すべての株が同一パターンであった。表2に示したように、家族からは6名から菌が分離されたが、全員がA組園児の家族であった。家族および保育士ではNo.20を除いて患者(有症状者)は7歳以下の小児に限られていた。また7月21日〜31日の給食の保存食(22検体)と園内の調理室、調乳室のふきとり(13検体)からは、いずれも菌は検出されなかった。

3.考 察

今回の集団発生では、疫学調査、保存食やふきとり検査結果からは給食が原因とは考えられず、初発患者の感染源は特定できなかった。下痢症状は7月上旬から散見されていたが、当初からstx 2保有STEC O157:H7が原因だったか否かも確定できなかった。しかし、潜伏期間が長いこと、初発患者の発症から全例の陰性化まで1カ月余を要したことを考慮すれば、菌が長期にわたって排出されていた可能性は高い。さらにすべての患者および保菌者から分離されたPFGEパターンがそろったことなども考慮すると、この保育園での施設内感染と考えられる。STEC O157は水中等環境中でも相当長期間生存し、2logCFU程度の菌量でも感染が成立するといわれている。乳児ではオムツをしているため下痢に気づくのが遅れたり、多少下痢があっても登園させていたために、オムツ交換時やプールを介して水平(糞口)感染した可能性も示唆される。さらに、感染者から排泄された菌が簡易プールを汚染し、そのプ−ルを利用した他の健常者が感染したことも考えられる。一方で、これだけ多数の感染者が出ながら比較的平静のうちに終結した要因としては、届出が週末であったが、休園日に訪問調査を実施するという初動体制が組めたこと、保護者との面接を効率的に実施し、全容を迅速に把握することができたこと、園長の危機管理意識が高く、調査への協力、感染拡大防止策に対して即断即決の処置がとられたこと、保護者に対してプライバシーに考慮しつつも積極的に情報提供したために不安や混乱等を回避できたこと、等があげられる。

三重県科学技術振興センター・保健環境研究部
杉山 明 岩出義人 赤地重宏 中野陽子 矢野拓弥 松野由香里 山内昭則 松村義晴
大熊和行 中山 治
三重県桑名保健福祉部 宮田志保 伊藤まゆみ 坂井温子 清水 博
三重県四日市保健福祉部 山本憲一

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