牧場体験した高校生のクリプトスポリジウム症集団発生事例−千葉県

(Vol.26 p 172-173)

経過と概要

千葉県柏保健所管内の高等学校の生徒 303名、教師13名および添乗員3名の合計 319名が、2002年5月27日〜5月31日まで北海道へ4泊5日の修学旅行に行っていた。学校側は、旅行から戻った6月3日から下痢症状を訴える生徒が出始めていること、6月7日に下痢症状を呈する生徒が集積していることに気付いた。6月11日に学校医と学校の保健主事が管轄の保健所へ相談に訪れた。有症者8名に共通する行動は、旅行日程2日目(5月28日)の午前中に実施したA牧場での仔牛の世話(餌や水の交換、耳標付け)、小動物の世話(鶏、アヒル、ヤギ、イヌ、ポニーの畜舎清掃)、牛の追い込み等の牧場体験であった。A牧場での牧場体験者は、症状のない1名を含めて計9名であった。保健所が調査を行った結果、8名の有症者グループ以外に発症はみられないこと、牧場体験後の昼食は、別の牧場(B牧場)で仔牛のミルク飲ませ等の牧場体験をした9名と一緒に、宿泊施設が調理したカレーライスと飲み物を摂っていること、有症者のみに共通の飲食物はないことがわかった。有症者は全員男子生徒(16〜17歳)で、主症状は、水様性下痢(5〜20回)、腹痛、発熱(37.7〜38.6℃)および吐き気であった。発症日時は、5月30日の夕方〜6月5日午前6時までだった。有症者の家族に症状を訴えている者はいなかった。A牧場からの聞き取り調査では、過去に、同牧場で初めて畜産業務に従事した者に、下痢や発熱の症状を呈したことがあったが、事例発生時には、同牧場の従事者に下痢症状を呈する者はいなかった。

検査材料と検査方法

A牧場での農業体験者9名(有症者8名および無症状者1名)から、下痢症発症後8〜13日目または20日目に1回目の検便を実施し、細菌検査および原虫検査を行った。さらに、1回目の検便から12〜14日後に2回目の検便を実施し、細菌検査と原虫検査を行った。2回の検便とも、ウイルス検査は行わなかった。また、修学旅行前後の高校内での感染の可能性を考慮し、高校内の上水道2カ所の飲料水について、細菌検査と原虫検査を実施した。

便検体からパーコール蔗糖密度勾配遠沈法で分離した比重1.10以下の粒子を孔径 1.0μmのPTFE製メンブレンフイルター上に捕捉し、クリプトスポリジウムのオーシストとジアルジアのシストの同時検出用間接蛍光抗体染色キットHYDROFLUOR Combo(EnSys Inc., NC)を用いて染色後、粒子の染色性をB励起条件下、落射型蛍光顕微鏡で観察し、さらに微分干渉装置を用いて粒子サイズの測定と微細構造の観察を行い、クリプトスポリジウムのオーシストの有無を判定した。

Carraway M.らおよびYagita K.らの方法で便検体からオーシストを分離・精製し、精製オーシストから鋳型DNAを抽出後、クリプトスポリジウムのpoly-T locus(PT)に特異的な合成プライマーcry44およびcry373を用いたPCR法でCryptosporidium parvum のポリスレオニン遺伝子の518bp領域を増幅し、制限酵素Rsa Iで処理後、2%アガロースゲル電気泳動法で分離した。泳動後、PCR増幅産物のRsa IによるRFLPパターンをヒト型(genotype 1)または動物型(genotype 2)の陽性コントロールと比較し、下痢症患者の便から分離したクリプトスポリジウムの遺伝子型を同定した。また、SpanoらのCOWP遺伝子を標的にしたPCR-RFLP法も行った。

検査結果

A牧場での牧場体験者9名の1回目の検便検体について、細菌検査と原虫検査を行った結果、細菌検査では、赤痢、コレラ、チフス、パラチフス、病原性大腸菌および食中毒菌15項目のいずれも検出されなかった。蛍光抗体染色法と微分干渉観察法による原虫検査では、有症者8名のうち5名の便検体からクリプトスポリジウムのオーシストが検出された。クリプトスポリジウムが検出された5名について、1回目の検便から12〜14日後に採取した2回目の検便検体の原虫検査では、5検体のいずれも、クリプトスポリジウムは検出されなかった。学校内の上水道2カ所から採取した水試料2検体の検査で、クリプトスポリジウムは検出されなかった。

蛍光抗体染色法と微分干渉観察法でクリプトスポリジウムのオーシストが検出された5名の便のうち、3名の便から分離・精製したクリプトスポリジウムのオーシストのDNA のPT-PCR-RFLP分析を行った結果、3例ともヒト型ではなく動物型(genotype 2)であった()。同様な結果は、COWP-PCR-RFLP分析でも得られた。

考 察

本事例では、有症者の便から分離されたクリプトスポリジウムの遺伝子が動物型(genotype 2)であったことから、牧場体験時に、ウシなどの動物からヒトを介さずに感染した可能性が考えられた。有症者がA牧場で接した仔牛などの動物の糞を検査することはできなかったが、有症者8名と症状の出なかった1名の計9名は、A牧場で仔牛と密接に接触する機会が多く、仔牛から直接感染した可能性が高いと思われた。1名が下痢症にならなかった理由は不明であるが、仔牛との接触頻度や免疫力の個人差によって、クリプトスポリジウムに感染しなかったのかも知れない。

本事例の情報探知時(初動時)において、有症者に牧場体験という特異的な共通行動があるとの情報を得ていたことから、細菌検査を実施すると同時に原虫検査も実施した。その結果、下痢症の病原体がクリプトスポリジウムであることを突き止めることができた。また、管轄保健所、県の健康増進課・衛生指導課および衛生研究所が初動時から密な情報交換と連携で対処し、保健所による二次感染防止のための有症者と旅行参加者に対する保健指導を効果的に実施することができた。本事例から、保健所内における横断的な協働での調査と対応のみならず、関連機関相互の密な情報交換と連携が必須であることが再確認できた(千葉衛研報告 27: 70-72, 2003)。

千葉県衛生研究所 福嶋得忍
千葉県衛生研究所(現千葉県長生保健所) 日野隆信
千葉県柏保健所(現千葉県松戸保健所) 後藤史子
千葉県柏保健所 進藤悦男
北海道立衛生研究所(現国立感染症研究所) 古屋宏二

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