動物由来感染症対策の3原則

(Vol.26 p 198-200)

はじめに:ヒトに対して何らかの感染の記録が残されている病原体には1,400種類以上の微生物が知られ、そのうちの八百数十種類、60%以上が、固有の動物種を自然宿主としているとされる。これらの宿主動物は世界の各地で地形や気候条件に応じて独自の生態系を形成して病原体の維持と増殖に関わり、ヒトとの接触・距離の程度に応じて動物由来感染症の原因動物となる。ヒトは偶然その生活環に曝露されることで感染する終末宿主であることが多い。

これらのことは、動物由来感染症対策を実行する上で、自明ではあるが重要な三つの原則を喚起している。

原則1:宿主動物対策

原則の一つは、宿主動物の生態を理解して行われる動物対策である。

人間は動物を餌付け、囲い込み、繁殖の管理等によって家畜化し、距離を調節してきた。この観点から動物由来感染症の自然宿主や感染源動物を分類することで八百数十種の動物由来感染症に対して一定程度類型化された対策を立てることが可能になる(表1)。

宿主のうちイヌやネコに代表されるペットは、飼育数や距離において人間と最も密接な動物であり、人間との相互依存関係も生じて強い絆で結ばれている。ペット由来感染症に対する対策の強化が必要である。

最近になって、各種齧歯目をはじめとして従来とは異なるエキゾチックアニマルがペットとして飼育される傾向が強まっている。しかし、その多くは捕獲された野生動物であること、および野生動物の感染症については研究や調査がほとんど行われていないことに注意する必要がある。

室内で密接な距離で飼育されるペットや学校飼育動物に対しては、特に他の基礎疾患を有していたり、免疫抑制療法を受けている飼い主などの易感染性宿主は十分注意する必要がある。

都市型野生動物は人口密集地において人間と生活空間を共有し、食料と住環境を人間社会に強く依存しながら独自の社会を形成している。病原巣・感染源動物として人間社会への影響は大きい。

乳、肉、卵等の畜産物を介した家畜由来感染症対策には食の安全を保証するための役割が求められる。なお魚介類は一部を除いてほとんどが野生動物であるが、人間にとっての利用目的からは家畜と同様の対策が必要となる。

原則2:伝播対策

第二の原則は、動物からヒトへの病原体の伝播を遮断するための対策である。

病原体の伝播は動物から直接ヒトにうつる直接伝播(接触、咬・掻傷、吸入、糞口伝播など)と、動物とヒトとの間に何らかの媒介物が存在する間接伝播(水系・土壌汚染、吸入、ベクター、食品など)の、大きく二つに分けて考えることができる。直接伝播は個人的な衛生措置等によって防ぐことが比較的可能である。一方、間接伝播は動物を感染源として認識するまで時間を要し、診断、治療、拡散防止対策等が遅れる恐れがあるため、社会基盤の整備等による伝播遮断対策が有効である(表2)。

特殊な伝播経路として、ヒトを本来の宿主とする病原体がヒト→動物→ヒトと伝播する再帰性動物由来感染症や、医薬品や医療材料に含まれる動物由来材料が原因となる医原性動物由来感染症が知られる。

原則3:侵入阻止対策

現在国内には数十〜100程度の動物由来感染症が存在すると思われ、これらによる健康被害の程度は他の国に比較して少ない。このように対策が奏功してきた理由にはいくつかの背景が考えられる。そのうち、
 ・国土の多くの部分が温帯に位置するため動物やベクターの活動期間が限られる、
 ・島国であるため陸生哺乳類の侵入が限られる、
の二つの条件は国外からの動物由来感染症の侵入に対して自然のバリアーとして働き、国内対策に力を注ぐことを可能としてきた。このことは狂犬病やペストなど、脅威的な動物由来感染症の対策を成功に導いた大きな要因であった。

しかし最近では、世界各地から各種の野生動物がペットとして輸入される傾向が強くなっている。このような自然のバリアーの人為的な破壊は、動物由来感染症の持つ脅威に対して警戒心が薄れていることを示している。輸入動物対策に関しては本号4ページ参照。

おわりに:地球上の多くの地域では動物由来感染症による健康被害は依然として大きく、比較的清浄な現在のわが国の状況を将来にわたって保証するものはない。動物由来感染症対策の3原則を効果的に稼働させるためには、国内外に対する監視体制の確立や、それを支える基礎研究や検査体制の整備も急がれる。

表3には、わが国にとって重要と考えられる動物由来感染症のうち、現在わが国に存在するものと、侵入に備えた対策が必要となるものについて簡単にまとめた。

国立感染症研究所・獣医科学部 神山恒夫 鈴木道雄

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