サル由来感染症

(Vol.26 p 200-202)

はじめに:霊長目にはヒト以外に 200種を超える原猿、広鼻猿、狭鼻猿、類人猿が含まれる。これらのサル類は学術研究あるいは展示などを目的として国内で飼養されているが、中にはエキゾチックペットとして飼養されているものもある。これらのサル類は系統発生的にヒトと近縁であるために多くの病原体が相互に感染しうるとされている。改正感染症法の定めるところにより本(2005)年7月1日よりペットとしてのサル類の輸入が禁止されたことから、一般のヒトがサルから何らかの感染症を伝播される機会は減るものと期待される。しかし、研究用、展示用のサル類に関しては今後とも飼養されるわけで、公衆衛生上の配慮は引き続き必要である。

サル類に由来する感染症:サル類に由来する主な感染症をに示した。サル類は既に述べたようにヒトに最も近縁な動物であるために、ヒトに固有とされる感染症もサル類には感染し、さらにサル類からヒトへ感染することがある点で注意が必要である。赤痢や麻疹がその代表的なものである。以下に公衆衛生上重要だと思われる疾患の概略を紹介する。

Bウイルス感染症:マカカ属サルのαヘルペスウイルスであるBウイルス(Cercopithecine herpes virus 1, Herpesvirus simiae )による感染症である。感染したサルは無症状の場合が多いが、発症すると口部、生殖器の発疹、潰瘍が認められる。三叉神経節・仙髄神経節に潜伏感染しており、感染ザルはウイルスに対する抗体を有している。飼育下のマカカ属サルでは80〜90%が抗体陽性であり、抗体陽性個体の2〜3%が再活性化により、口、結膜、生殖器粘膜などからウイルスを排出すると言われている。サルからヒトへの感染は感染ザルの臓器、組織、腎初代培養細胞や口腔・結膜・生殖器からの分泌物などとの直接接触、あるいは咬傷、引っ掻き傷、針刺し、ケージによる外傷を介して起きる。血液からの感染は報告されてない。ヒトの感染はおよそ50例が知られており、そのうち26例のみが報告されている。ヒト→ヒト感染は1例のみ知られている。ヒトにおける潜伏期は2日〜5週とされる。主な症状は発熱、寒気、吐き気、嘔吐、目眩、持続する頭痛などであるが、受傷部に水疱が出現し、局所の麻痺があることもある、多くの場合、受傷部は無症状である。インフルエンザ、副鼻腔炎との鑑別が必要である。進行すると複視、痙攣、呼吸障害などの急性進行性脳炎の症状を呈する。無治療の場合の致死率は80%に達する。感染の可能性が高い場合はアシクロビルの投与が有効な場合があるが、ヒトでのBウイルス感染に対する曝露後予防的治療に関するきちんとした知見がないこと、ならびにアシクロビル投与はウイルス排出と抗体陽転を阻害し診断を困難にすることから、慎重に行う必要がある。すべてのマカカ属サルが感染していると考え、ゴーグル着用を含む個人防御を徹底し、曝露した可能性のある場合は速やかに患部を徹底的に洗浄消毒し、医療機関を受診する必要がある。

赤痢:国内では1974年3月末頃より、群馬県、東京都、神奈川県、福島県などで、輸入サルが原因と考えられる赤痢患者が発生した。その後1993年にはアフリカ産ハナジログエノンと飼育者と、その家族および来訪者が発症し、サルおよび飼育ケージ、各患者から同一血清型のB群赤痢菌(S. flexneri 3a)が分離されている(IASR 15: 3-4, 1994参照)。予研筑波医学実験用霊長類センターに1979年〜1990年までに輸入された野生カニクイザル2,446頭について調べた結果、249頭(10%)から赤痢菌が分離されている。また東南アジアから輸入されたカニクイザルの13%が赤痢菌陽性で、その半数以上が無症状で正常便を排出していたとする報告もある。発症すると水様性、粘液性、粘血性、膿粘血性の下痢、元気食欲の消失、嘔吐などの症状を呈し、治療しなければ数日〜2週間で死亡することが多い。近年行われた調査では、研究用に輸入されたサルでは0.5%が陽性だったとされている。サルにおける赤痢を診断した獣医師は最寄りの保健所に届け出ることとされている。

結核:サルは結核菌に対して感受性が高く、ウシ型、トリ型のみならずヒト型にも感染する。ヒト型およびウシ型結核菌はヒトから感染し、再びヒトへの感染源となる。マカカ属ならびに類人猿の感受性が高いが、新世界ザルの感受性は比較的低いとされている。症状は不顕性の場合から、突然死まで様々であるが、特徴的なものはなく、行動の変化、食欲不振、不活発などが認められることもある。サル同士の感染は飛沫、汚染器具機材を介したり、糞口感染によるものもある。診断はオールドツベルクリンを用いた眼瞼での皮内反応によるのが一般的であるが、非特異反応(多くは非定型抗酸菌による)や感染ザルでも陰性になるなどの問題点も指摘されている。ヒトの感染予防は個人防護の徹底、検疫の実施、感染ザルの隔離・淘汰などによる。

その他の感染症:エボラ出血熱、マールブルグ病はサル類も罹患することが知られている。サル類のペットとしての輸入が禁止され、さらに以前からこれらの疾患が特定地域からの輸入ザルの場合に、検疫対象疾患として定められているため、国内にサルを介して持ち込まれる可能性は極めて低いと考えられる。

B型肝炎は類人猿に存在が知られているが、種に特有のウイルスとされており、これらがヒトの健康危害にどの程度関与するかは知られていない。飼育関係者はリスクに応じて、ワクチン接種を考慮しても良い。

このほか、アメーバ赤痢、バランチジウム、クリプトスポリジウムなどの原虫疾患も知られているが、糞便の適切な処理と、個人防御を徹底すれば感染を未然に防止できる。

輸入ザルの検疫:サル類は研究・展示用に限り特定の地域からの輸入が可能であるが、この場合もエボラ出血熱およびマールブルグ病の国内侵入を阻止するため、輸出国における30日間の輸出前検疫と日本国内における30日間の検疫が義務づけられている。日本に輸入されるサルの大多数は前臨床試験を中心とした医学生物学研究用であるために、実際の検疫は動物検疫所の繋留施設の他、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」第55条第4項ただし書きの規定に基づき、農林水産大臣の指定する検査場所でも行われている。

おわりに:サル類は成長につれ凶暴性を増すことなどから、ペットには不向きであるばかりでなく、ヒトに近縁なため、多くの感染症がヒトとサルの間で感染する可能性がある。ペットとしての輸入が禁じられることにより、公衆衛生上の問題はかなり解決に近づいたと考えられる。しかし野生のニホンザルをはじめ、様々な状況でヒトとサルが接する可能性は存在している。接触の可能性のある人はサルからの感染症の存在に対して十分な知識を持つとともに、必要な予防手段を講じる必要があると考えられる。

国立感染症研究所・獣医科学部 山田章雄

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