野兎病の発生状況や検査

(Vol.26 p 206-207)

野兎病(Tularemia)は、野兎病菌Francisella tularensis を原因菌とする急性熱性疾患で、主にウサギ目や齧歯目などの野生動物を感染源とする代表的な動物由来感染症である。本来は野生動物の疾病であり、哺乳類190種、鳥類23種、両生類3種、またマダニなどの無脊椎動物88種での保菌が報告されている。自然界では、高感受性である野生のウサギ目や齧歯目動物とダニなどの節足動物との間で維持されている。ヒトへの感染は、感染動物やその死体との直接接触、ダニ、カ、アブなどの節足動物の刺咬で起こるが、汚染された生水や食物を介して、また汚染された干草などの塵芥の吸入で感染する。ヒトからヒトへの感染はないとされている。

野兎病の発生地域は、ほぼ北緯30度以北に一定の汚染地帯があり、北アメリカ、ヨーロッパ、北アジアで散発的に発生しているが、時に多数の患者をみることがある。国内では1924年〜1994年までに1,372例の報告があり、第二次世界大戦後1955年までは年間平均64.5例、1965年までは40.8例、その後は8例に減少し、主に東北地方の各県および関東地方(栃木、茨城、千葉)において発生している。近年は報告がない。93%がノウサギとの接触であり、剥皮や調理作業で手指などから感染している。稀に、ダニの刺咬、ネコ、リス、ツキノワグマ、ヤマドリなどからの感染例もある。冬季や晩春に多く、80%が農林業関係者である。米国では毎年発生があり、1990年〜2000年に1,368例(年平均124)が44州から報告されている。スウェーデン、フィンランドでも毎年発生し、2003年にはそれぞれ698、823例が報告されている。また、スペイン(1997年)やコソボ(2000年)でも多数の患者発生がみられた。

原因菌である野兎病菌は、好気性のグラム陰性短桿菌(0.2×0.3〜0.7μm)で多形性を示す。非運動性で芽胞は無い。マクロファージ内で増殖する細胞内寄生菌である。血清型は一種で、菌株の生化学的性状、病原性、分布などの情報からF. tularensis には3亜種がある。F. tularensis subspecies tularensis (Type A)は、主に北アメリカに分布し、強毒で10個以下でも感染し、抗菌薬による治療のない場合の致死率は5%である。subsp. holarctica (Type B)は、ユーラシア、北アメリカに分布し、日本の株も含まれる。病原性は強くなく、致死率は1%未満である。subsp. mediasiatica は中央アジアに分布するがヒトでの感染は明らかでない。まれに別種のF. novicida (4番目の亜種として提唱されている)やF. philomiragia での感染がある。

ヒトでの潜伏期間は3日を中心に7日以内がほとんど(まれに2週間〜1カ月)で、感冒様の症状で始まり、突然の発熱、頭痛、悪寒戦慄、筋肉痛、関節痛が認められる。その後、弛緩熱として長期化し、所属リンパ節の腫脹、潰瘍または腫瘍化する。菌の侵入部位で様々な臨床的病型を示すが、本邦では90%以上がリンパ節腫脹を伴う例であり、60%がリンパ節型、20%が潰瘍リンパ節型である。米国では潰瘍リンパ節型が多い。扁桃、眼、鼻リンパ節型は稀である。不顕性感染は本邦で約2.5%に認められている。リンパ節腫脹を伴わない病型としてチフス型、肺型、胃型がある。

野兎病の診断は、臨床症状と、野兎病発生地域における野外での活動、動物との接触状況などの把握が重要である。病巣部からの病原菌の分離同定が確実ではあるが、通常の臨床検査で用いられる培地では増殖せず、グルコースやシステインおよび血液を添加したシステイン・ハート血液寒天培地や、ユーゴン血液寒天培地などを用いる必要がある。直接的抗原検出は、組織スタンプでの蛍光抗体法や組織切片での免疫染色によって行われる。fopA tul4 遺伝子などを対象にしたPCRやリアルタイムPCR法が開発され、検体からの原因菌遺伝子の検出や菌の同定に有効である。血清抗体の検出は、ホルマリン不活化菌体を用いた凝集反応により行われるが、凝集価の4倍以上の上昇、または40倍以上で陽性とする。微量凝集反応、ELISA、ウエスタンブロット法も用いられる。ブルセラ菌との交差反応があるので注意を要する。

治療はストレプトマイシンやゲンタマイシンが有効である。弱毒生ワクチン(LVS株)が実験室バイオハザード対策として米国で使用されている。

日本国内では稀となった感染症ではあるが、海外では毎年発生していることから、発生地域に出かけた海外旅行者で罹患する可能性も考慮する必要がある。また、2002年には米国の野生プレーリードッグの収集出荷施設で野兎病による大量死が起き、同施設から輸出された動物のうち、本邦では感染動物はなかったものの、チェコでは感染動物が発見された。このように野生動物が広域に流通販売されることは、従来の発生地域以外で発生することとなり、診断治療が遅れることが懸念される。さらに、野兎病菌は、バイオテロリズムに使われる可能性のある病原体の1つとされるなど、従来の感染源、感染経路、発生地域とは異なる状況での発生となることが想定され、注意する必要がある。

参考総説とウェブサイト
1) Ellis J et al., Clin Microbiol Rev 15: 631-646, 2002
2) Mörner T & Addison E, Infectious Diseases of Wild Mammals, ed. Williams ES & Barker IK, 3rd ed. Iowa State University Press, pp303-312, 2001
3)大原義朗,「動物由来感染症その診断と対策」神山恒夫、山田章雄編、pp209-213, 真興交易, 2003
4) Petersen JM & Schriefer ME, Vet Res 36: 455- 467, 2005
5)日本細菌学会ホームページ:トピックス・野兎病, http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsb/topics/tularensis/index.htm

国立感染症研究所・獣医科学部 棚林 清

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