2005年3月31日、長崎市内在住の72歳の男性より「同居している長男および長女が市内の医院を受診したところ、オウム病疑いの肺炎と診断された。」として長崎市保健所に相談があった。市保健所で主治医への聞き取り等の調査をした結果、インコを飼育している42歳の長男を含む家族4名が肺炎等の呼吸器症状を呈していることが明らかになった。医療機関で実施したCF抗体検査では他のクラミジアとの鑑別がつかないため、病原体検索および血清学的検査ともに国立感染症研究所・ウイルス第一部に検査を依頼することとなり、患者およびインコの死骸等の検体を当所から送付した。検査の結果、感染源と考えられるインコからのChlamydophila psittaci の分離および遺伝子の検出、さらに患者のC. psittaci に対する抗体価変動から、患者はオウム病を発症していたことが強く示唆されたので報告する。
患者の発生状況と患者の臨床像:長崎市保健所の調査により、次のようなことが明らかとなった。飼育されていたオカメインコは、この家の長男である42歳の男性が、2005年3月に長崎市外のペットショップにて購入し、約1カ月飼育していた。インコの世話は、飼い主の長男が中心に行い、妹は時々触れていたとのことであった。このインコは3月31日に死んだため、飼い主が近くの獣医に相談し、当所にて冷凍保管したあと行政検査のため国立感染研へ送付した。また、患者の母親(66歳)は、風邪気味で体調不良であり、日頃より人工透析を受けていたため4月1日市内の病院へ入院。入院後の胸部X線検査にて肺炎と診断された。各患者の臨床像と転帰は以下のとおり。
症例1:42歳男性。3月26日全身倦怠感、発熱(39〜40℃)、咳嗽高度、咽頭痛、胸部X線検査にて肺炎像あり。外来にて、ミノサイクリン点滴静注、その後経口投与により概ね2週間で軽快。
症例2:34歳女性。3月26日発熱(38〜39℃)、頭痛、咳嗽なし、胸部X線検査にて肺炎像あり。外来にて、ミノサイクリン点滴静注、その後経口投与により概ね2週間で軽快。
症例3:72歳男性。4月1日発熱(39℃)、咳嗽あり、胸部X線検査にて肺炎像あり。外来にて、ミノサイクリン点滴静注、その後経口投与により概ね2週間で軽快。
症例4:66歳女性。4月1日発熱(39℃)、咳嗽あり、胸部X線検査にて肺炎像あり。入院後、塩酸セフォチアムの点滴静注のみであったが、軽快し、4月11日退院。
患者発生に伴う行政的対応:患者がインコを購入したペットショップは、長崎市外であったため、長崎市保健所から長崎県医療政策課に調査依頼を行い、長崎県生活衛生課が4月1日に当ショップの調査を実施した。その結果、2005(平成17)年1月1日〜3月31日まで飼育されていた鳥の異常は認められなかった。また、鳥の飼育健康管理は適切なものであった。さらに、従業員9名の健康状態に特に異常はなく、顧客からの健康被害の届出もなかった。このようなことから、長崎市保健所は、家族4人に対してインコの飼育状況の確認ならびに衛生指導を実施するとともに、地域住民に対しては、(1)衛生的なインコの糞便処理、(2)手洗いやうがいの励行、(3)室内の換気、(4)口移しによる給餌を避ける、(5)鳥を飼っている人が重いかぜの症状を呈していたら、オウム病を疑って医療機関を受診する、(6)できる限り室外で飼育する、などの啓発活動を長崎県とともに行い、感染防止を呼びかけた。
病原体検索および血清学的診断:感染源と考えられるインコの死骸および患者の咽頭ぬぐい液、また患者血清について病原体検索および血清学的診断が感染研・ウイルス第一部にて行われた。クラミジアの分離は、クラミジア以外に対する抗菌薬含有分離用培地で作製した20%乳剤の遠心上清をHeLa229細胞に接種し、2代盲継代して行った。PCRは、20%乳剤上清200μlを用いてPUREGENE DNA抽出キットにより鋳型DNAを精製し、Cai、小川らが2004(平成16)年度日本感染症学会において発表したC. psittaci 用プライマーを使用して実施された。検査結果は、表1のとおりである。
また、クラミジアに対する抗体測定Micro-IFは、各クラミジアの代表株C. psittaci Budgerigar-No.1株、C. pneumoniae AR-39株、Chlamydia trachomatis L2株の精製粒子を抗原に使用して実施した。
コメントおよび考察:患者4名のクラミジア抗体検査の結果は表2のとおりである。各被検者の抗体価変動は4倍以上の有意な上昇が認められた。しかしながら、オウム病クラミジア(C. psittaci )感染において検出される抗体は、各クラミジア(C. pneumoniae 、C. trachomatis )との共通性が高い抗原に対するものが多く産生されるため、C . psittaci に対する抗体のみならず、他の2種のクラミジアに対する抗体価が上昇することが特徴である。C. pneumoniae やC. trachomatis の感染では、交差反応は一般に低いとされている。また、C. pneumoniae に対する抗体は、既往症(不顕性感染含む)により多くのヒトが長期間保有することが知られている。表2におけるオウム病クラミジア(C. psittaci )に対する抗体価変動、感染源と考えられる愛玩鳥からのクラミジアの分離ならびに遺伝子検出が陽性になったことに加え、上記のことを考慮し、本件の家族内呼吸器疾患患者はオウム病を発症していたことが強く示唆された。
トリの世話をしていない家族を含め、ほぼ同日に全員が肺炎を発症しているオウム病事例は稀である。トリが死ぬような状況では、その直前までオウム病クラミジアが大量に排菌されており、トリを含む飼育環境の管理、同居者の健康チェックを充分に行う必要がある。 今回のような飼育鳥からの感染を防止するには、1987(昭和62)年10月7日付厚生省通知衛乳第47号「小鳥のオウム病対策について」衛生管理要領等に基いて清潔で衛生的な飼育を行うことが重要である。今後もこのような動物由来の病原体による健康危機事例はますます増加することが予測されるため、発生時の行政対応および検査対応についての体制整備を図るとともに、啓発活動をこまめに行い感染防止に向け努力したい。
長崎市保健環境試験所・細菌血清検査係
海部春樹 飯田國洋 植木信介 江原裕子 島崎裕子
長崎市保健所 渡邊幸子 安西 仁 武部和歌子
松原牟田内科小児科 牟田隆也
聖フランシスコ病院 草場照代
国立感染症研究所・ウイルス第一部第5室 岸本寿男 安藤秀二