動物園で発生したニホンザルの結核

(Vol.26 p 213-214)

天王寺動物園は年間の入園者数約150万人、飼育展示動物は約300種1,600点を数える。大阪市の都心に位置する典型的な都市型動物園である。

2004年7月29日、天王寺動物園で飼育展示中のニホンザル(雌6歳)が死亡した。このニホンザルは剖検所見で抗酸菌感染症(結核を含む)を疑う結節性の肺病変を認めたため、さらに詳しく細菌および病理検査を外部検査機関に依頼した。翌々日には検査機関より肺病巣部の塗抹染色により抗酸菌を認めた旨の報告があった。この肺病巣部からの抗酸菌検出を受けて、8月2日に動物園獣医師緊急会議を開催した。菌種同定までは時間を要するが、結核を想定し、第一に動物園職員および所管局(大阪市ゆとりとみどり振興局)への抗酸菌症発生の報告と対策の説明、第二に大阪市保健所感染症対策課等公衆衛生部局への抗酸菌症発生の報告と協力要請を行うことにした。

公衆衛生部局の協力により、感染症、殊に結核の専門家である医師から実際にニホンザル飼育施設の視察を受け、次のような見解が得られた。

1.天王寺動物園のニホンザル飼育施設()はニホンザルが飼育されている檻の金網と人止め柵との距離が160cmあって、この距離はヒトの患者から飛沫感染が起こりうる最大距離のおよそ倍あること、なおかつ、檻と人止め柵の間には餌投げ込み防止用のポリカーボネイト製透明板の壁が周囲を取り囲んでいるために、入園客がニホンザルから結核に罹患することはほとんど考えられない。

2.飼育係員についてもニホンザル飼育施設は野外にあり、太陽光線が十分に当たる環境にあるため、紫外線で容易に死滅してしまう結核菌は生存しにくいこと、また、ニホンザルが作業中の飼育係員に近づくこともないため、感染の可能性は考えにくい。

また、念のためニホンザルに関連する作業に従事した関係者(ニホンザルを直接担当する飼育係員2名と解剖に従事した3名の獣医師)に対し、保健所の指導に基づき第1回目の胸部X線撮影およびツベルクリン皮内反応検査を同年10月中旬に実施することとした。ただし、この5名のうち40歳以上の3名(飼育係員1名、獣医師2名)はX線撮影のみとした。さらに2005年3月下旬に2回目のX線撮影を実施した。現在までのところ、両検査から結核を疑う職員は出ていない。

一方、発症ニホンザルと同居の15頭のニホンザルについては、動物病院の検疫室に全頭捕獲隔離し、検査を実施することとした。しかし、飼育施設がドーム状(直径21m)の金網で全体を覆う構造をしており、捕獲のために施設内に入ると、ニホンザルは、この金網によじ登ってしまうことから、全頭一度に捕獲は困難なため、トラップを仕掛けて少しずつ捕獲することとした。この捕獲作業には8月9日〜10月7日までを要した。

このような作業を進めていた10月4日には培養検査で結核菌であることが確定したため、2004年10月5日にニホンザルの結核発生と展示中止に関する報道発表を行った。

その後、隔離していたニホンザル1頭が死亡し、剖検により結核の疑いが出てきたため、抗結核薬のイソニコチン酸ヒドラジド(INH)およびリファンピシン(RFP)による治療を開始した。しかし、薬剤をニホンザルが嫌がり、確実な投薬ができないことから、治療の有効性が確保できないばかりか、危険な薬剤耐性菌を生じてしまう可能性が懸念された。また、隔離入院によるストレスにともなう異常行動や薬剤の副作用により、治療を続けることがニホンザルにとって苦痛となっていること、治療や飼育管理の担当獣医師に感染の危険性が高まってきたこと、などの状況から治療を断念することとした。苦渋の決断ながら隔離していたニホンザル全頭の安楽死処分を決定し、2005年3月25日にこの決定を報道発表した。

現在、天王寺動物園ではニホンザルを飼育しておらず、飼育再開も当面予定していない。また、一連の報道に関し、安全性に関する説明やニホンザルの安楽死が止むを得ない状況であった説明のQ&Aを作成し、市民からの問い合わせ等に対応したが、おおむね反応は冷静であり、入園者数に影響は見られなかった。

大阪市天王寺動植物公園事務所
園田義昭(現社団法人天王寺動物園協会) 宮下 実 長瀬健二郎 榊原安昭 高橋雅之
森本委利 市川久雄 竹田正人 高見一利 西岡 真
大阪市保健所感染症対策課 下内 昭
大阪市天王寺保健福祉センター 竹内 敏(現大阪市中央保健福祉センター)

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