エンテロウイルスの実験室診断は分離同定を基本とするが、難中和性抗原変異株の存在、迅速性の観点から遺伝子解析による血清型の診断を実施することが増えてきた。エンテロウイルスの遺伝子解析は、最初に汎エンテロプライマーを用いてRT-PCR法によりウイルスゲノムを増幅する。そして塩基配列を決定し、相同性検索(BLAST、FASTAなど)によりウイルスを同定する方法が報告されている。塩基配列の解析対象領域は主として構造タンパク質のVP1部分領域、VP4-VP2部分領域である(病原体検査マニュアル参照)。しかし、一方では下記のような問題が存在している。
1)エンテロウイルス混合感染
エンテロウイルスの混合感染はしばしば経験される。抗血清による同定によらず、ウイルス分離後直接RT-PCRを行った場合、次の現象が確認されている。
・シーケンスの波形が重なり、解析不能。
・プライマーの増幅効率のためにシーケンス後センス側とアンチセンス側で異なる血清型の波形が現れる。
・混合感染していても一つの血清型のみが増幅されることがある。
・逆転写の段階で両者のゲノムを取り込んでしまい、シーケンス反応後、分類不能となる。
これらの現象はVP1、VP4-VP2領域(詳細は病原体検査マニュアル参照)のいずれを増幅するにせよ、しばしば経験する現象である。すなわちプライマーは各血清型に反応するよう設計されていること、血清型により反応効率が異なることが原因と考えられる。重複感染の場合は、従来の分離同定法と遺伝子解析法を組み合わせて用いることを念頭に入れておく必要がある。
2)検体からの直接検出
RT-PCRの感度はさほど高いわけではないため、false negativeになってしまう場合が見られる。
3)病原体検査マニュアルに基づいた方法における一般的注意点
・コクサッキーウイルス(C)B群はVP1領域について18X-011では増幅できないことがある。またVP1領域を2つに分けて187、188、189-222および012.040-011で増幅し、塩基配列を行った後、連結編集を行っても、配列がoverlapしないことがある。
・CA7 、CA9 はVP1 領域の増幅は困難な傾向にある。
・VP4-VP2領域は同義置換が主であり、VP1領域より保存されている。すなわちRT-PCRでは増幅効率がよいが、シーケンス解析では血清型分類が困難な場合がある。
・VP1のセンス側シーケンスプライマーには、CA群には188か189、エコー、CB群には187が良好な結果が得られる場合が多い。
・稀にエンテロウイルス以外(ヒト由来ミトコンドリア、パピローマウイルスなど)のゲノムを非特異的に増幅してしまうことがある。
・エンテロウイルスはRNAウイルスであり、塩基置換速度は速い。従ってプライマーセットが必ずしも常に同じセットで反応するとも限らないことを念頭に入れておく。
4)情報解析
塩基配列による血清型分類は理論的には遺伝的多型を統計学的に解析することである。よく用いられる相同検索プログラム(BLASTなど)は、シーケンス結果とデータベース中の相同な塩基座位を含む塩基配列を検索するものである。しかし、データベース中の母集団となる塩基配列の数、長さは様々であることから、比較する塩基の長さと相同性解析の結果を慎重に判断する必要がある。例えば200bp前後の短い配列で検索すると、特にエンテロウイルスのゲノム上変異が少ない塩基座位では、判定不能になる場合がある。分子系統解析を行う場合は、塩基配列が短いと、遺伝距離の誤差が大きくなり系統樹の信頼性を失う結果となる。一般的に相同性検索を行う場合、系統解析を行う場合は配列が長ければ長いほど信頼性の高い結果が得られる。
またデータベース中の株がすべて血清学的に確定されているわけでないことを十分留意しておく必要がある。なお、国立遺伝学研究所が各地で遺伝情報解析に関する講習会(DDBJing講習会 http://www.ddbj.nig.ac.jp/ddbjing/)を開催しているので参考にされたい。講習会ではDDBJへの塩基配列の登録法、相同性検索、系統解析法などの解説を行っており、エンテロウイルスのみならず、他の病原体の遺伝情報の解析を行う際にも有用である。
5)ウイルス分離法の有用性
各種細胞を用いたウイルス分離法により、感受性、CPEの形態の違いなど、その後の抗血清を用いた同定のみならず、遺伝子解析にも役立つ情報が得られる。例えば乳のみマウスあるいは培養細胞で分離することにより、十分なウイルス力価が得られるためRT-PCRの効率が上がることが期待される。また、VP1の塩基配列解析の場合は、CA群かエコーウイルスか分離段階で推定できれば、センス側プライマーの選択の際の判断材料となりうる。
エンテロウイルスプライマーセットがすべての血清型に対応している保証がない現時点では、乳のみマウスあるいは培養細胞を用いたウイルス分離情報はリファレンス活動として重要な位置づけとなる。
6)シーケンス結果と血清型の確認
以上の現況から、シーケンス結果の妥当性については、少なくとも同一流行期における代表株については、最終的にはウイルス分離、同定法で中和反応性を確認しておく必要がある。リファレンス株として保管する場合には疫学情報とともにこれらの情報は重要である。
また、データベース中の塩基配列情報は必ずしも抗血清による同定が行われていないものもある。そのため両手法によって確定された分離株情報は貴重であり、DDBJなどのデータベースに数多く登録することによって国内外のリファレンスに貢献することが期待されている。
2003年のSARSのアウトブレークでは原因となる病原体検索が行われたが、初期にはPCR により別の病原体が特定され、最終的には細胞を用いた分離法で確定されたことは記憶に新しい。エンテロウイルスの検査において迅速かつ正確な診断法として遺伝子解析法は期待されているが、現時点ではまだ改良が必要であり、従来の分離同定法の補助的な役割として認識しておくべきと考える。
福岡市保健環境研究所 若月紀代子
宮崎県衛生環境研究所 岩切 章
広島県保健環境センター 高尾信一
岡山県環境保健センター 濱野雅子
兵庫県立健康環境科学研究センター 藤本嗣人
大阪府立公衆衛生研究所 山崎謙治
富山県衛生研究所 岩井雅恵
横浜市食肉衛生検査所 宗村徹也
神奈川県衛生研究所 嶋 貴子
埼玉県衛生研究所 篠原美千代
新潟県保健環境科学研究所 渡邊香奈子
国立感染症研究所 吉田 弘 清水博之
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