乳児ボツリヌス症の1例

(Vol.26 p 246-247)

症例は9カ月女児。家族歴・既往歴に特記すべきことなし。ハチミツを摂取したことはない。病前の精神運動発達は正常で、伝い歩きまで可能であった。2005年7月初旬より眼瞼下垂・活気不良・経口摂取低下が出現した。同時期より便秘となった。近医救急病院を受診し点滴で経過観察されたが改善しないため近医に入院となった。入院当初は急性脳症や代謝異常症を疑われ、頭部CT・MRI・髄液検査・脳波・血液ガス・アンモニアなどを検査されたが異常を認めなかった。眼瞼下垂や筋力低下の症状より、重症筋無力症を疑われテンシロンテストを施行され陽性であった。治療目的で当院小児科へ紹介入院となった。

入院時現症は、乏しい表情・全身の筋力低下・眼瞼下垂・深部腱反射の減弱を認めた。入院時に散瞳や対光反射緩慢は認めなかった。当院でもテンシロンテストおよびネオスチグミンテストを施行し陽性であった。小指外転筋の3Hz低頻度刺激による誘発表面筋電図は7%の減衰のみだった。神経伝導速度は正常であった。テンシロンテスト陽性であったことより、当初は重症筋無力症全身型と考えてステロイド内服を開始した。前医で提出された、抗アセチルコリンレセプター抗体は陰性であったと連絡があった。入院後5日目(発症11日目)に浅呼吸となりSpO2が90%前後に低下したため、挿管し人工呼吸管理とした。重症筋無力症としては低年齢であること・低頻度刺激による筋電図の減衰が軽度であった点・抗アセチルコリンレセプター抗体が陰性などより、診断を見直し、高頻度刺激による誘発表面筋電図を施行したところ、50Hz刺激で73%の漸増現象を認めた()。これより神経筋接合部でのアセチルコリン放出障害が病態として考えられ、乳児ボツリヌス症を疑った。ステロイド療法を中止し、便を国立感染症研究所細菌第2部に提出した。マウス毒性試験でA型ボツリヌス毒素を確認し、培養でClostrridium botulinum を分離できたため、乳児ボツリヌス症と確定診断した。その後は、人工呼吸管理・経鼻胃管栄養で保存的に治療した。挿管後1週間が症状のピークであり、その後は緩徐に改善した。挿管後4週目に自発呼吸の再出現を待って抜管した。現在は経鼻胃管によるミルク注入を併用しながら経口摂取をすすめており座位可能まで回復している。岡崎市保健所で家庭のハチミツとチーズを検査したがボツリヌス菌は分離されず、本症例の感染経路は不明である。

本症例は、テンシロンテスト陽性より当初は重症筋無力症と診断したが、非典型的な点が複数あり、誘発筋電図を手がかりとしてボツリヌス症の診断に至った。なお、テンシロンテストはボツリヌス症でも陽性例があるとされる。わが国では乳児ボツリヌス症の頻度が非常に稀であるため最初は鑑別に浮かばなかったが、乳児の筋力低下の原因としてボツリヌス症を考慮に入れて検査を行うことが必要であると再認識させられた1例であった。

岡崎市民病院・小児科
鈴木基正 中田智彦 安井正宏 後藤研誠 中山 淳 加藤 徹 瀧本洋一 近藤 勝
長井典子 早川文雄
国立感染症研究所・細菌第二部 高橋元秀 福田 靖 荒川宜親

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