豚レンサ球菌であるStreptococcus suis のヒト感染例については、池辺らの速報に国内例3例の紹介があるが、その後1例の学会報告例があることがわかり、また最近私信ではあるが、同菌によるヒト感染例1例の連絡が筆者にあった。私信例の詳細についてはいずれ学会等で報告されると思われるが、近年、中国四川省での死亡を伴う多数例の報告、および同じく広東省でも発生の報告などがあるので、取り急ぎわが国におけるこれら5例の臨床像の特徴などについてまとめた。
入手される限りでは、わが国での最初の報告(症例A)は1996年レンサ球菌感染症研究会で報告されたものと思われ、剖検後に心血よりS. suis が分離同定された敗血症例である。医学雑誌で検索できたものは、2002年2月(症例B)、および8月(症例C)に発症した急性髄膜炎例であり、その後2004年の臨床微生物学会において症例Cを含むと思われる2例(2例目を症例Dとする)が一医療機関から報告されている。症例Dは2003年8月発症のやはり急性髄膜炎であり、症例B〜Dの3例はいずれも急性期髄液よりS. suis が分離同定されている。最近の1例は2005年6月に発症した急性髄膜炎例(症例E)であり、血液培養にてS. suis が分離同定されている。いずれも血清型は2である。
これら5例の年齢は、40代2例、50代3例であり、性別は男性3、女性2である。いずれも豚との濃厚な接触歴があり、症例Aは、豚のモツ焼きの下ごしらえを職業とし、Bは養豚業者、C、Dは豚を主とする食肉加工業者、Eは豚肉内臓などの取り扱いを自身でも行っている食堂店員であった。A、C、Eには手指に傷、あるいはびらん・潰瘍などのあることが確認されており、Dを含めて傷を介した血行感染であろうと考えられている。症例Aは、劇症の経過をたどり行政解剖が行われたもので、臨床経過の詳細等は不明であるが、剖検時診断はWaterhouse-Friderichsen症候群であった。
症例B〜Eはいずれも発熱で発症、感冒として様子をみていたが1〜3日の間に、頭痛,嘔吐、全身倦怠感、意識障害などが見られ入院、頸部硬直から髄液検査が行われている。症例Dは発熱、意識障害等で受診、同じく髄液検査が行われている。髄液は混濁、細胞増多、蛋白増加、糖減少がみられ、症例B〜Dでは髄液塗抹標本でグラム陽性球菌の存在を確認している。抗菌薬感受性は、2例では主なペニシリン系、セフェム系薬に感受性があり、EM、CLDMなどには耐性であった。3例は記載がなく不明である。4例の生命的予後は良好であるが、Bは片側、Cは両側性の高度感音性難聴を残し、Eは難聴と歩行時のふらつきがまだみられている。いずれも単発的発生で、周囲への感染拡大は見られていない。なおC、Dは発症時期は異なっているが、同一の職場での発症であり、同一の医療機関で診断が行われている。
本邦で同様の症例が多発拡大するような環境は考えにくいが、S. suis 感染例はあり得るものであり、ことに職業として豚を取り扱う人々には、手袋をすること、特に自身の手指などにけがのある場合には十分な注意を促すなどが必要である。また、一般的には豚の生肉内臓などの取り扱いや調理にあたっては、食中毒防止の基本でもある、手洗い、調理器具の適切な洗浄/消毒等が重要である。
なお臨床において、細菌性髄膜炎を疑う患者に接した時には、患者の職業に注意を払い、髄液塗抹標本の観察、髄液・血液の細菌培養を行い、分離菌の同定を正しくすすめることが、本菌感染症の早期発見のキーとなる。
症例A: 柏木義勝 遠藤美代子 奥野ルミ 榎田隆一 五十嵐英夫 松尾義裕 庄司宗介 片岡 康 、労働災害であったことを証明した剖検材料の細菌検査の1例、 レンサ球菌感染症研究会、1996
症例B: 松尾啓左 阪元政三郎、豚由来と思われるStreptococcus suis IIによる化膿性髄膜炎の1症例、感染症学雑誌 77 (5): 340-342、2003
症例C:茨木麻衣子 藤田信也 他田正義 大滝長門 永井 博、Streptococcus suis による腰椎硬膜外膿瘍を合併した細菌性髄膜炎の一例、 臨床神経 43: 176-179、2003
症例D:朝妻義徳 徳田良子 星周一朗 松永克美 八木恵子 柴田尚宏 荒川宣親、Streptococcus suis type 2 による細菌性髄膜炎の2症例、 第15回日本臨床微生物学会抄録、2004
症例E:私信
国立感染症研究所・感染症情報センター 岡部信彦