E型肝炎検査法

(Vol.26 p 263-264)

はじめに

E型肝炎はE型肝炎ウイルス(Hepatitis E virus、HEV)の感染によってひき起こされる急性肝炎で、かつて経口伝播型非A非B型肝炎と呼ばれた疾患である。この肝炎は慢性化することなく一過性に経過する。E型肝炎は発展途上国で常時散発的に発生している疾患であるが、ときとして飲料水などを介し大規模な流行を引き起こすことが知られている。近年、先進国においてHEV常在地への渡航歴のない急性肝炎患者から遺伝子が検出されたことや、ブタやイノシシからも遺伝学的に極めて類似のウイルスが検出されることなどから、本疾患が動物由来感染症である可能性が濃厚になってきた。また、輸血によるHEVの感染例が日本でも報告された。HEVの感染状況を把握するには確実な診断法を用いることが重要である。ここでは最近のE型肝炎検査方法をまとめてみた。

E型肝炎ウイルス

HEVはヘペウイルス科(Hepeviridae )、ヘペウイルス属(Hepevirus )に分類され、単独の種を構成する小型球形のウイルスである。電子顕微鏡で観察されるウイルス粒子の径は染色法によって異なるが、直径30〜40nmである。そのゲノムはプラス一本鎖RNAで5'末端にはcap構造が、3'末端にはポリアデニル酸が付加されている。塩基数はポリアデニル酸を除き、約7,200塩基である。ゲノムの遺伝子上には3つのオープンリーディングフレーム(ORF1、ORF3およびORF2)が5'末端から一部重複しながら配列している。5'末端の27塩基の非翻訳領域に続く約5,000塩基のORF1は非構造蛋白をコードする。3'末端にある約2,000塩基のORF2は72kDaの構造蛋白をコードする領域である。ORF3はORF1とORF2の間に位置し、蛋白としての機能は不明である。1991年に初めて全塩基配列が解明され、現在HEVには少なくとも4つの遺伝子型(Genotype)が存在することが明らかになっている。後述するように、組換えバキュロウイルスで発現した中空粒子を用いて各遺伝子型間の抗原性を調べてみると、相互に非常に近いことから、HEVは単一の血清型を持つと考えられている。

E型肝炎の臨床特徴

E型肝炎の臨床症状はA型肝炎のそれと似ている。臨床的にほとんどのE型肝炎は急性肝炎あるいは劇症肝炎であり、慢性化しない。E型肝炎の一つの特徴は感染妊婦の致死率が高いことで、実に20%に達するという報告もある。E型肝炎の罹患率は大流行でも散発例の場合でも青年と大人で高く、小児で低いことが知られているが、発展途上国での小児の急性肝炎の中にはE型肝炎が相当数含まれていると考えられる。わが国における小児のHEV感染状況は把握されていない。E型肝炎の潜伏期間は15〜50日、平均6週間で、平均4週間といわれるHAV感染の潜伏期に比べ幾分長い。E型肝炎の典型的な症状である黄疸は発症後の1〜11病日目に顕著になる。この時期にAST値とALT値は著しく上昇し、IgG抗体とIgM抗体がともに検出される。発症前後の短期間ではあるが、血液と糞便からウイルスRNA をRT-PCRで検出することができる。稀にIgM抗体が長期間持続し、便中へのウイルス排泄を伴って長期間ウイルス血症状態が続く例も見られる。

E型肝炎の検査法

1.電子顕微鏡を利用するウイルス粒子の検出
電子顕微鏡を利用したネガティブ染色法と免疫電子顕微鏡法が急性期の患者糞便からウイルス粒子を検出するために使用できる。しかし、糞便へのウイルス排泄量は少なく、またその期間が短いため、検出感度は満足できるものではない。免疫電子顕微鏡法を利用すれば、検査の感度をあげることも可能であるが、いずれも高価な器械と高度な実験テクニックが要求されるので、一般的な臨床検査法として用いることは難しい。現在、臨床診断によく使われるのはRT-PCRと抗体ELISAである。

2.RT-PCRによるHEV遺伝子検出
各遺伝子型間でよく保存される領域の塩基配列に基づいて共通のプライマーを設計し、これを用いたRT-PCRで遺伝子増幅が可能になっている。使われるプライマー、増幅領域は各研究グループ間で異なっているが、よく使われる領域はORF1のN末端付近の約500塩基、およびORF2の中間部分の約500塩基である。通常、血清と糞便が検査材料として使われる。サンプルの採集時期によって、RNAの検出率は異なるが、ヒトでは発症の2週間前後で高い。個別のケースでは発症1カ月後にも検出したとする報告がある。増幅される領域の塩基配列を系統解析することによって遺伝子型の同定が可能であるので、ウイルスの感染源を推測する上で手がかりにもなる。ただ、HEVの遺伝子はRNAであるため、検出感度はサンプルの保存条件などによっても左右される。また、操作中の汚染にも十分な注意を払うべきである。最近、real-time RT-PCRによる遺伝子定量法も報告されているが利用例は少ない。

わが国ではこれまでシカ、ブタ、およびイノシシからRT-PCRによってHEV遺伝子が検出されている。また、これまでに国内感染と思われる患者から検出されたHEVと動物から検出されたHEVの遺伝子型はいずれもG3あるいはG4に属するものであって、G1とG2に属するHEVは検出されたことはない。この結果は日本の固有株がG3あるいはG4であることを示唆している。また、海外ではラットからの検出も報告されている。

3.ELISA によるIgM、IgGおよびIgA抗体検出
RNAの検出と較べ、抗体検出はサンプルの保存条件等の影響が少ない。操作も簡単であり、大量のサンプルを同時に取り扱うこともできる。現時点でHEVが効率よく増殖する培養細胞系は確立されていないので抗原の調製が容易ではない。ウイルス粒子は発症前後の患者や感染サルの糞便に一時的に出現するが、量は少ない。したがって、ネイティブなウイルス抗原を利用するELISA の開発は現時点では不可能である。これまで大腸菌発現システムや、組換えバキュロウイルスシステムなどの蛋白発現系を用いた構造蛋白の発現がいろいろ試され、抗体検出系がいくつか開発されてきたが、検出感度と特異性がともに満足できるものはなかったといってよい。筆者らは組換えバキュロウイルス発現システムを用い、ネイティブなウイルス粒子に近い構造、抗原性、および免疫原性をもつ直径約23〜24nmのウイルス様中空粒子(Virus-like particle, VLP)で満足できる結果を得ている。このVLPを用いた抗体ELISAはE型肝炎急性期の患者血清中、ならびに感染サルの血清中に誘導されるHEV特異的IgM、IgAおよびIgG抗体を容易に、迅速、かつ高感度検出することができ、E型肝炎の臨床診断や感染状況の調査などに非常に有用である。また、二次抗体を替えることによって多種の動物のIgG、IgAおよびIgM抗体の検出に対応することも可能である。また、上述のVLPに対するポリクローナル抗体あるいはモノクローナル抗体を用いて、HEV抗原検出を目的とするELISA法も樹立されている。検出感度はRT-PCRには及ばないが、操作が簡単なので大量検体を検査する場合、利用価値は高い。

わが国はE型肝炎の非流行地域と考えられている。地域間での差があるが、平均抗体保有率は5.4%であることが上述のELISA法を用いた調査で明らかになった。特に現在39歳以下の日本人の抗体保有率が極めて低いことが一つの特徴である。RT-PCRを用いてHEV遺伝子を検査する場合、材料は由来の動物種と関係なく同じ方法でHEV RNAを抽出すればよい。しかし、ELISA法を用いて抗体検出する場合、材料由来の動物種によって標識二次抗体をいろいろ変えなければならない。動物によっては二次抗体の入手が困難である。この場合は遺伝学的に近縁の動物種で一度試してみて使用できるか否かを検討する。現在、わが国ではブタ、イノシシ、シカ、イヌ、ネコ、およびサルから抗体が検出される。また海外ではマウスおよびラットからも抗体が検出されている。わが国におけるブタとイノシシの抗体保有率が高く、これらの動物が保有しているウイルスもヒト由来のHEVと遺伝学的に極めて似ているので保有宿主と考えられている。一方、わが国ではシカ肉を喫食してHEVに感染した症例がみつかっているが、シカの抗体保有率は極めて低く、わが国におけるHEVの主たる保有宿主とは考えにくい。

上記の遺伝子検出法および抗体検出法の詳細は、病原体検査マニュアルに記載されているのでご参照いただきたい。また、VLPは原則的に分与可能である。ただし、前提条件として、国立感染症研究所で2日間ほどの研修を受けて頂き、検査のノウハウを把握した上で使ってもらっている。

HEVには増殖できる培養系が樹立されていないため、ウイルス本来の伝播様式はいまだ明らかではない。しかし、HEVの注目度が増すとともに、今後多くのHEV株が分離、解析されることが予想される。HEVの検査法も研究の進展に伴い改良され、より正確、かつ迅速な検査法にしていくことが肝要である。

国立感染症研究所・ウイルス第二部 李 天成

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