はじめに
事件は、2003（平成15）年４月30日（水）に市民病院から健康福祉事務所（保健所）への「急性ウイルス性肝炎患者が複数受診し、そのうち３名が入院、原因食としてシカ肉が疑われる」との通報により探知された。生食したシカ肉が原因と推測されたことから、担当医に患者の情報提供を求めた。血液検査では好酸球の増多は認められなかったため寄生虫感染は否定された。肝機能検査では、いずれの患者もトランスアミナーゼ（GOT）活性が発症後に急上昇して数日でピークを示し、数日で正常値に復した。このためウイルス性肝炎の発症が疑われたが、検査ではＡ型、Ｂ型、Ｃ型肝炎は否定された。
疫学調査
2003年２月および４月に入手した２頭のシカ肉を５家族８名が喫食しており、このうち４名（４家族）が４月16日〜27日にかけて肝炎を発症し、患者はこれら両個体（M1およびM2）から切り分けたシカ肉を喫食しており、M2だけを食べた２名は発症しなかった（表１）。M1を感染源と仮定した時の潜伏期間は47〜71日、同じくM2では11〜22日となり、Ｅ型肝炎の平均潜伏期間（６週間）からはM1が原因食品であることが示唆された。シカ肉以外からの感染の可能性としては、患者１名が2003年２月15日〜17日に中国広東省を旅行していたが、同行の70名に肝炎発症者はいなかった。また、１名の患者は生活用水に井戸水を併用していたが、他の患者は水道水のみを使用していた。どの患者もペットは飼育しておらず、自宅周辺には豚舎、鶏舎等の畜産施設もなく、シカ肉以外に共通する感染源は見出せなかった。
HEV検査
患者血清（回復期）４検体、便４検体、冷凍生シカ肉残品２検体、および野生シカについてRT- 、nested PCR法でHEV遺伝子の検出を試みた。プライマーはORF1の5'末端近くを増幅するHE5-1/4/5（RT-、1st PCR、532bp）およびHE5-2/3/6（nested PCR、 365bpを増幅）を用いた1)。
回復期の患者血清および便からHEV遺伝子は検出されなかったが、冷凍シカ肉（M1）からHEV遺伝子が検出された。PCR増幅したDNAの塩基配列をDDBJ塩基配列データベースで検索すると、登録番号AP00304と最もよく一致（93.6％）した。また、本株の遺伝子型は国内での分離頻度が高いとされるG3であった。一方、医療機関で実施した４名の患者急性期血清からは、HEV-IgM およびHEV遺伝子が検出され、我々がHEVを検出した同じロットのシカ肉からHEV遺伝子を検出しており、これらの塩基配列はほぼ一致したと報じている2)。HEV遺伝子が検出されたシカ肉の由来を調べたが、患者や医療機関から詳細な情報を得ることができず、シカの捕獲地域等は特定できなかった。
野生シカの調査
県下で狩猟組合の協力を得て2003年８月〜10月に捕獲された29頭（オス24頭、メス５頭）、2003年12月〜2004（平成16）年３月の104頭（オス61頭、メス43頭）についてHEVの保有状況を調べた（図１）。133頭のシカから筋肉、肝臓、128頭から宿便、29頭から血清を採取してHEV 遺伝子の検出を試みたが、すべて陰性であった（表２）。また、６検体の市販シカ肉からもウイルス遺伝子は検出されなかった。
まとめ
患者回復期血清および便からは、HEV遺伝子は検出されなかったが、医療機関で実施した患者４名の急性期血清からHEV-IgM ならびにHEV遺伝子が検出されたことから、病因物質はHEVと断定された。シカ肉（M1）からHEV遺伝子（G3）が検出されたこと、患者から検出されたHEV遺伝子と塩基配列がほぼ一致したことから、このシカ肉を原因食品とする食中毒であることが証明された。
野生シカおよび市販シカ肉からは、HEV 遺伝子は検出されなかった。また、今回調査したシカの98％は２〜10歳であったことから、一般的に狩猟の対象となる成獣のHEV汚染率は低いことが明らかとなった。一方、様々な動物でHEV抗体保有が報告されているが、ブタのHEV遺伝子の検出率は生後２〜３カ月の検出率が最も高く、その後は低下すると報告されていることから3)、シカも低月齢ではHEVに感染していることも考えられる。国内のHEV感染ルートが解明されていない状況では、その防止策も立て難いが、少なくとも野生動物やブタについては生食しないことが重要で、そのための適切な指導と啓発が必要である。
文 献
1) Takahashi K, et al., J Virol 387: 9, 2001
2) Tei S, et al., Lancet 362(9381): 371-373, 2003
3) Takahashi M, et al., J Gen Virol 84: 851-862, 2003
兵庫県立健康環境科学研究センター 福永真治 押部智宏 近平雅嗣
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