野生イノシシ肉からのE型肝炎ウイルス(HEV)感染事例−福岡県

(Vol.26 p 265-266)

はじめに

本(2005)年3月に、福岡県内の保健福祉環境事務所へ、4類感染症としてE型肝炎患者の届出があった。その後の調査により、この患者は野生イノシシ肉の喫食が原因で感染したと推定されたことから、ウイルス検査のため、当所に患者血清とイノシシ肉が搬入された。検査の結果、当県として初めてイノシシ肉からHEV-RNAが検出された。今回、本事例についての詳細を報告する。

経 過

患者は50代後半の女性で、2005年3月12日に倦怠感、食欲不振を訴え、近所のA医院を受診した。同日に血液検査を行ったところ、ALT、AST、γGTPが高値を示した。患者は、B医療機関を紹介され3月16日に受診、血液検査およびエコー検査を行った。3月23日に再び血液検査が行われ、3月30日に民間検査機関の検査によりE型肝炎の感染の疑いがあることが確認された。この時には、既に患者は回復していた。

患者の夫は、年に3、4回程度、野生イノシシ猟を行っており、患者は発症前に2回喫食していた。1度目は2004年12月28日に狩猟した野生イノシシ肉を家族二人で鍋物にして、2度目は2005年1月19日に狩猟した野生イノシシ肉を患者夫婦と友人9人で焼肉にして喫食していた。患者以外の喫食者に発症者はいなかった。また、患者には、イノシシ以外の野生動物等の肉、豚レバーの喫食歴は無かった。

材料と方法

検査材料として、患者宅の冷凍庫に保存されていた2004年12月28日喫食分イノシシ肉(2検体)と、2005年1月19日喫食分イノシシ肉(1検体)の合計3検体および、B医療機関で凍結保存されていた2005年3月16日に採血された血清を用いた。イノシシ肉の筋肉部分から作製した10%乳剤と患者血清を、市販キット(QIAamp Viral RNA Mini Kit, QIAGEN社)を用いてRNAの抽出を行い、RT反応を行った。得られたc-DNAについて、HEV遺伝子のORF1およびORF2のそれぞれに特異的なプライマーを用いて、nested PCRによる遺伝子の増幅を行った1)。遺伝子が増幅されたものについては、ダイレクトシーケンスを行い、系統樹解析による遺伝子型の決定を行った。

結果および考察

イノシシ肉3検体および患者血清1件のうち、1月19日に喫食されたイノシシ肉からORF2に特異的なプライマーを用いたnested PCRでHEV-RNAが検出された。PCR産物からダイレクトシーケンスを行い、系統樹解析を行ったところ、検出されたHEVの遺伝子型はわが国での発生例が多いG3であることが判明した(図1、Fukuoka4)。また、これらの検体の検査を国立感染症研究所に依頼したところ、1月19日のイノシシ肉からHEV-RNAが検出された。さらに、検出されたHEV-RNAの塩基配列を基にプライマーを設計し、患者血清についてRT-PCRを行ったところ、血清からもHEV-RNAが検出された。イノシシ肉と患者血清から検出されたHEVの塩基配列(ORF2)を比較したところ、241塩基のうち240塩基が一致しており、イノシシ肉が感染源となったことを直接的に示す証拠となった2)。HEV-RNAは1月19日に喫食したイノシシ肉から検出されたことから、2回の喫食歴のうち、この日に感染したと考えられ、潜伏期間は52日と推定された。

近年、鳥取県、兵庫県、長崎県で野生イノシシ肉やシカ肉の喫食が原因と考えられるHEVの感染例が報告されているが、今回、福岡県でも、野生イノシシ肉からのHEV 感染が確認された。今後は、新たなイノシシ肉の喫食によるHEV感染を防ぐため、野生イノシシのHEV感染の実態調査や、狩猟者を中心に広く啓発活動を行っていく必要があると考えられる。

 文 献
1) Mizuo H, et al., J Clin Microbiol 40: 3209-3218, 2002
2) Li T-C et al., Emerg Infect Dis, inpress

福岡県保健環境研究所 江藤良樹 石橋哲也 世良暢之 千々和勝己
田川保健福祉環境事務所 倉田賢生 篠原裕治
国立感染症研究所 李 天成 武田直和 宮村達男

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