4例のE型肝炎の発生事例と検出ウイルスの系統解析−三重県

(Vol.26 p 267-269)

2005年6月下旬、県北部の3つの医療機関より計4名のE型肝炎(HEV)の発生届が提出された。そこで、我々は4名の保存血清からRT-PCR法でE型肝炎ウイルス遺伝子を検索した。さらにこれらの患者の感染源を推定すべく、4名の行動や生活環境を調査したのでその概要を報告する。

1.患者の概要

患者1:55歳男性、5月13日に全身倦怠感があり食欲不振に陥ったため、16日三重県いなべ市内のA病院を受診、血清で肝機能検査を行うとともにHEV IgG、IgM抗体価の測定を実施し、診断に至った。この男性の過去数年間の居住地は日本国内で、海外渡航歴はない。従って感染推定地域は日本国内と推定された。しかし、病原体保有および媒介動物等との接触歴はなく、また感染経路は経口感染と思われるが、原因と推定される飲食物は不明である。同居者および職場の同僚には同症状は認められていない。感染源の一つとして疑われている養豚場は半径1km以内にはなく、野生動物の肉の喫食もない。飲用水は上水道、トイレは水洗、ペットは飼っていない。発症前2カ月以内に輸血、針治療、肝炎患者との接触もない。

患者2:66歳女性、5月14日に悪寒・食欲不振に陥り、16日全身倦怠感が出現したため,18日近医を受診。近医にて肝障害との指摘を受け、20日に患者1と同じいなべ市内A病院を受診、患者1と同様に血清学的検査にて肝炎と診断された。過去数年間の居住地は国内で、感染地域も日本国内と推定された。感染経路は経口感染と推定されたが、原因となる飲食物は不明である。同居者および職場の同僚には同症状は認められていない。

患者3:59歳男性、5月中旬に発病し、5月17日四日市市内のB病院を受診、血清中のHEV-RNA陽性であったため、E型肝炎と診断された。過去数年間の居住地は国内で、感染地域も日本国内と推定された。病原体保有および媒介動物等との接触歴はない。感染経路は経口感染と推定されるが、原因となる飲食物は不明である。同居者および職場には同症状は認められず、居住地周辺では野生動物、ネズミ等を見かけることもない。トイレは水洗、ペットは飼っていない。

患者4:54歳男性、6月5日に発病、10日桑名市内のC病院を受診した。受診時の症状は食欲不振、黄疸であった。血清学的検査にて診断された。過去数年間の居住地は国内で、感染地域も日本国内と推定された。病原体保有および媒介動物等との接触歴はない。感染経路は経口感染と推定される。この患者は生レバー(動物の種類は不明)を喫食している。同居者および職場の同僚には同症状は認められていない。

2.RT-PCR法によるHEV遺伝子検索と検出ウイルス遺伝子の系統解析

発生届の提出を受け、県健康危機管理室の要請により、医師および管轄保健所を通じて収集された発症日に最も近い保存血清を材料とし、「E型肝炎検査マニュアル」を参照してRT-PCR法にてHEVのORF1領域およびORF2領域を検索した。その結果、4名の患者中、患者1、3、4から目的の増幅産物が得られた。発症から採材までの日数が14日と最も長かった患者2はHEV遺伝子が確認できなかった。ORF1領域の増幅産物を精製後、ベクターに組み込みクローニングし、その塩基配列を決定した。3検体の増幅産物の塩基配列(326bp)についてBLAST検索を行った結果、3検体すべてがHEV G3と同定された.患者1を基準とすると、患者3は98.7%の相同性があり、患者4は78.9%の相同性であった。

愛知県衛生研究所の協力のもと、イノシシから分離されたG4の配列と比較したところ、患者由来の配列は明らかに違うクラスターに分岐した。さらにG1〜G4の配列と比較したところ、患者1と3はG3の中でも患者4と別のクラスターに分岐し、患者4は国内で分離されたG3 swJ570 (AB073912)に近縁で、さらに患者1と3は欧州で分離されているG3の配列に近縁であることが分かった(図1)。

3.考 察

この結果から患者1と3について再度聞き取り調査等を保健所を通じて実施したが、共通の食品、行動エリア等は見つからず、感染源、感染ルートの特定には至らなかった。しかし、検出された両者のウイルスの間には98.7%という極めて高い相同性が認められたことから、この二人の間には、お互いに気付かない何らかの接点があったことが強く疑われる。かつ、その後の患者発生がないことからdiffuse outbreakであったと考える。今回の調査から感染源は「種類は不明であるが加熱不十分の生肉の喫食」と推定するだけに留まった。冷凍で搬送されている食品も多く、推定される感染源には多くの要素が絡み合う現状で、聞き取り調査の難しさ、疫学調査が行き詰まる中での原因究明の難しさを実感した。

この検査にご協力頂いた愛知県衛生研究所微生物部の皆様、患者周辺の調査に尽力頂いた関係各位にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。

三重県科学技術振興センター・保健環境研究部
中野陽子 山内昭則 矢野拓弥 杉山 明 中山 治
三重県健康福祉部健康危機管理室 板羽聖治 田畑好基
三重県桑名保健所 坂井温子
三重県四日市保健所 長坂裕二 山本憲一

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る