動物でのE型肝炎ウイルスの感染状況

(Vol.26 p 269-270)

1.はじめに

E型肝炎はE型肝炎ウイルス(HEV)の感染により起こるヒトの急性肝炎である。本病は衛生状態の悪い発展途上国に限って発生が確認されていたため、欧米や日本などの先進国では輸入感染症と従来考えられてきた。しかし、近年、先進国で海外渡航歴のないヒトでの本病の発生が確認された。特に、日本においては、加熱不十分な豚レバーや野生動物(イノシシとシカ)の肉・肝臓を食べたヒトが本病を発症したとする証拠が相次いで報告された。すなわち、HEVが豚の肝臓や野生動物の肉・肝臓に含まれ、これらを生あるいは加熱不十分な状態で食べることによりHEVに感染する可能性のあることが示された(食物性伝播)。このことから、本病は動物由来感染症の一面を有することが明らかとなり、動物でのHEVの感染状況の把握が本病の防疫上重要になってきた。HEVはゲノム塩基配列の相同性により、現在まで4種類の遺伝子型(G1〜G4)に分けられる。発展途上国での流行ウイルスはG1とG2であるのに対し、ヒトと動物両方に感染して動物由来感染症の一面を持つウイルスは主にG3とG4である。これまでにHEVが検出された動物はイノシシ、シカ、ラットおよびマングースであり、HEV抗体は多数の動物種で陽性と報告されている。ここでは、HEVが高率に侵淫している豚を中心に、これまで報告された動物でのHEVの感染状況を整理する。

2.豚での感染状況

豚においてHEVは世界的に高率に侵淫している。抗体検査により先進国と発展途上国の区別なくほとんどの豚集団でHEVの感染が確認され、豚の糞便、血清、肝臓などからRT-PCR法によりHEV遺伝子が容易に検出される。豚から検出される遺伝子型はG3とG4だけであり、特にG3が多い。日本の豚からも両型のウイルスが検出され、その多くはG3である。感染時期に関しては、血清中のHEV遺伝子は主に2〜3カ月齢の豚から検出され、1カ月齢と6カ月齢の豚からは検出されなかったと報告されている。一方、市販の豚レバー363パッケージ中7件(1.9%)からHEV遺伝子が検出されている。動物衛生研究所の調査では、豚糞便中のHEV遺伝子は2〜3カ月齢の豚から高率に検出され、特に、3カ月齢では検査した半数以上の豚が陽性を示した。また、検出率は低いが、出荷時(6カ月齢)の糞便からも陽性例が確認された。抗体検査では、調査した31農場中30農場でHEVの侵淫が確認され、HEV陽性農場にはSPF農場も含まれていた。一方、抗体陰性であった農場はSPF豚供給のためのSPF原々種豚農場と、極めて特別な豚群であった。HEV陽性農場において抗体陽性豚の割合は2カ月齢より上昇し、4〜5カ月齢では100%を示した。また、1980〜1990年代に採取された豚血清も高率に抗体陽性を示した。これらのことから、HEVは日本の豚集団に広く侵淫しており、SPF豚も例外ではないこと、HEVの感染は1〜3カ月齢の子豚に集中して起こっていることが明らかとなった。一般的な豚の飼養管理方法として、出生子豚は1カ月齢までに離乳し、離乳子豚は育成豚舎に移動して数十頭規模で群飼される。この群飼段階でHEVは水平感染していると考えられる。また、豚のHEV感染はここ数年の間に急に広まったのではないと判断された。さらに、出荷時期の多くの豚では既に感染耐過してウイルスは体内から消失しているが、一部例外も存在すると推測される。

豚におけるHEVの病原性は低いと考えられる。豚由来HEV G3の豚への実験感染では、肉眼病変として肝門リンパ節ならびに腸管膜リンパ節の腫大、組織病変としてリンパ球-形質細胞性肝炎と肝実質細胞壊死が認められるが、臨床症状やアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT;慣用名はGPT)などの肝臓由来酵素の上昇は確認されていない。ウイルス遺伝子は肝臓、胆汁、糞便や血清などから感染後約1週より数週間検出される。HEV遺伝子の定量成績から、HEVは肝臓以外に腸管でも増殖すると考えられる。G1とG2のHEVは豚では感染しない。このように、豚においてHEVは侵淫率が極めて高く、かつ病原性が低いことから、HEVの一部(G3とG4?)は豚が本来の自然宿主ではないかとも推測される。

3.イノシシでの感染状況

現在、日本において狩猟や有害鳥獣駆除により捕獲されたイノシシやシカは食肉として広く流通している。イノシシやシカの捕獲数は年間20〜30万頭とされる。イノシシは西日本を中心に、本州、四国、九州、沖縄に広く生息している。イノシシにおけるHEVの感染事例が多数報告されている。愛知・長野ではHEV遺伝子が91頭中11頭(12%)から検出され、遺伝子型はいずれもG4であった。また、HEV抗体は26頭(29%)が陽性であった。西表島では血清15例中2例からHEV遺伝子が検出され、遺伝子型はいずれもG4であった。和歌山県では9頭中1頭の肝臓と血液からHEV G3が検出された。兵庫県では7頭中4頭がHEV抗体陽性で、うち3頭からHEV遺伝子が検出された。佐賀県では1頭の肝臓と血液からHEV G3が検出された。また、10県で採取された血清35例中3例がHEV抗体陽性であり、1頭の肝臓からHEV G3が検出された。動物衛生研究所の調査でも、東日本3県から採取された血清581例中196例(34%)が抗体陽性であった。以上のように、日本のイノシシではHEVは広く侵淫していることが明らかにされている。また、これら捕獲されたイノシシからのHEV遺伝子の検出率は出荷時期の豚に比べて非常に高いことが注目される。前述のごとく、豚においては1〜3カ月齢に集中してHEVの水平感染が起こっており、このような感染時期の集中化は群飼養という管理方法に起因すると考えられる。一方、イノシシ社会は単独個体から母子グループまで様々なパターンがあるとされるが、当然ながら養豚のような過密状態での生活様相ではない。このため、HEVの感染時期は豚に比べて多様であることが想定される。また、豚の出荷月齢はほぼ一定であるのに対し、捕獲されるイノシシの年齢は様々である。これらのことがイノシシにおけるHEV遺伝子の検出率が高い要因となっていると考えられる。

4.シカでの感染状況

兵庫県においてシカの生肉を食べた肝炎患者由来HEVと食べ残しのシカ肉由来HEVとが遺伝子レベルで同一であった事例が、動物からヒトにHEVが伝播することを証明した最初の直接証拠である。興味深いことに、同地域で捕獲されたイノシシからシカ由来HEVと遺伝子レベルでほぼ同一のHEVが検出されている。また、近隣地域においてシカ肉生食経験者のHEV抗体保有率(18%)はシカ肉生食未経験者(対照者)の抗体保有率(2.2%)より有意に高いことが報告されている。一方、他の地域における感染様相は異なっているようである。5地域で採取されたシカ血清117例中2例が抗体陽性であったが、肝臓132例はすべてHEV遺伝子陰性と報告されている。愛知・長野では13頭いずれもHEV抗体ならびに遺伝子が陰性であった。また、本州2地点ならびに北海道5地点で捕獲された250頭はいずれもHEV抗体陰性であった。これらの結果から、シカにおいてHEV感染は認められるものの、その侵淫率は低いと考えられる。しかし、前述の兵庫県での事例を基に考えると、イノシシとシカが共生する地域ではHEVのイノシシ−シカ伝播が起こりうるため、継続調査が必要である。

5.その他の動物での感染状況

ラットでのHEV抗体陽性例は日本を含む多くの国で確認され、抗体陽性率は最大90%との報告もある。しかし、現在までのHEV遺伝子検出例は、筆者の知る限り、ネパールでの報告(G1)だけである。また、沖縄で捕獲されたマングースからHEV遺伝子(G3)が検出されている。HEV抗体は牛、サル、羊、山羊、猫、犬などで陽性例が報告されている。よって、多くの動物種においてHEVあるいはHEV様ウイルスの感染があるとも考えられるが、これらの感染実態はほとんど不明である。一方、トリにおいては、ヒトHEVと抗原交差するが、遺伝学的には明らかに区別されるウイルス(トリHEV)が検出されている。

6.おわりに

HEVはSPF豚を含めた豚集団に高率に侵淫しているが、養豚従事者に肝炎発症者が多いという事実は現在まで確認されていない。このことは、動物との接触によってE型肝炎が通常発症するものではないと想定される。現在明らかにされている動物からヒトへの感染ルートは食物性伝播だけである。このため、現時点で重要なことは、豚ならびに野生動物の肉・内臓の生食を行わないことである。豚におけるHEVの主な感染時期は育成期であり、多数の豚は出荷時には既に感染耐過してHEVは体内から消失している。しかし、現状の感染時期は豚の飼育方法や飼育環境が大きく影響していると考えられ、これらが変化すると感染時期が変わる可能性は残されている。感染時期が肥育後期に移動した場合、出荷時でのHEV保有率は現状よりはるかに高くなる。よって、養豚農場ごとにHEVの感染実態を定期的に調査することも今後必要であると考える。

独立行政法人 農業・生物系特定産業技術研究機構
動物衛生研究所・感染病研究部複合感染病研究室 恒光 裕

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