2005年6月にF町の公民館行事への参加者2名から腸管出血性大腸菌(EHEC)O157:H7が検出された。その後の調査により、同じ行事への参加者およびその家族ら計11名がEHEC O157に感染していることが判明した。当初、初発患者A分離菌のVero毒素型について検査センターの結果が誤っていたこと、2番目の患者BからEHEC O157を分離するのが容易でなかったこと等の理由により、細菌学的に関連性を証明するのが困難であった。しかし、行動調査等の疫学情報により患者2人に接点があることが判明し、また、患者Bの家族からEHEC O157が分離されたことから、地域行事への参加者を中心としたEHEC O157による集団感染の可能性が強く示唆された(表1)。以下、検査等の詳細について述べる。
25日O市内の医療機関において患者AからEHEC O157(VT1+、VT2-)が検出されたとの報告があった。一方、27日にT市内の医療機関において、患者Bの血便および腸粘膜を培養したところ、イムノアッセイ法によるVero毒素検出キットで陽性反応を示したとの報告があった。高岡厚生センターで患者Bの腸粘膜培養HI平板上から掻きとった菌を用いてPCRを実施したところ、Vero毒素遺伝子が陽性(VT1+、VT2+)となった。しかし、その平板から分離された優勢菌は病原性大腸菌血清型O8であり、O157をはじめ市販血清に反応するEHECは分離されなかった。当所では二人の患者で確認されたVero毒素型が異なることから、原因菌はクローンが異なると考えていた。しかし、厚生センターでは調査により二人の居住地が近いこと、同じ行事に参加していることから、関連性を危惧し、調査を開始した。
そこで、29日当所において、市販血清のないO血清型EHECが原因である可能性を考慮し、改めて菌の分離を試みた。医療機関および厚生センターより搬入された分離平板から十数個のコロニーを釣菌し、Rainbow agarと溶血を指標とするEHT寒天に、また、EHEC O157を検索するため、CHROMagar 、CT-SMACへ塗抹した。しかし、いずれの培地にもEHECを疑う菌は見当たらなかった。従ってこの時点で患者Bに関してEHEC O157陰性とせざるを得なかった。一方、初発の患者Aから分離されたEHEC O157が搬入され、毒素遺伝子を含め性状検査を行ったところ、当初の報告とは異なり、毒素型はVT1+、VT2+であることが確認された。
翌30日、患者Bの家族検便からO157抗血清に凝集する菌(VT1+、VT2+)が検出されたとの情報に基づき、患者BからEHEC O157を分離するため、搬入された平板上の菌を掻きとりBHIに接種した。その4時間培養液についてイムノクロマト法を利用した「NOW 大腸菌O157」にて検査したところ、陽性反応を示したことから、培養液をO157免疫磁気ビーズ処理し、CHROMagarとCT-SMACに塗抹した。7月1日CHROMagarに典型的なコロニーは見当たらなかったがCT-SMACでは白いコロニーが確認され、性状およびVT遺伝子を調べたところ、7月4日にEHEC O157であると同定された。さらに患者A分離株とB家族分離2株とのパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)による遺伝子解析の結果、これらは同一のパターンを示し、同一クローンEHEC O157による集団感染であることが判明した。その後、この地域行事に参加または持ち帰り弁当を喫食した67名について検査を実施したところ、新たに9名からEHEC O157が検出され、最終的に患者・感染者13名の集団感染となった。
原因食品として、患者らが昼食に同じ弁当を食べていたことから、製造業者に残っていた弁当について検査を実施した。好気性菌を抑え、O157の検出率を高めるためチオグリコール酸ナトリウムを加えた緩衝ペプトン水(BPW)にて前増菌し、ノボビオシン加mECにて増菌し、免疫磁気ビーズ処理の後、前述の分離平板に塗抹した。弁当は和風惣菜が中心で、そのほとんどが加熱調理され、配達前に再加熱されていた。弁当以外に公民館で調理した豆ご飯、味噌汁、持ち込み品として黒豆や漬物があったが、調査時すでに残品はなく、検査できなかった。最終的に食品から原因菌は検出されず、感染源は特定されなかった。
今回の事例で、患者Bの検体からEHEC O157の検出が困難であったのは、検体中のO157の菌数がかなり少なかったことによると思われる。CT-SMAC上に発育した白色コロニーは培養時間が短い段階で、しかも平板の中でも菌濃度の高い部位にしか発育しなかったため、単離が極めて困難であった。時間が経過するとその部位は大腸菌O8等の他の菌が優勢となり、O157を鑑別できなくなった。CT-SMACの培養時間には慎重を期すべきであることが示唆された。今回、CHROMagarでO157の典型とされる紫コロニーが全く発育しなかった理由は不明である。
2番目の患者からEHEC O157を分離するのに時間を要したが、厚生センターで実施された疫学調査の結果と対応が効を奏し、感染拡大を防ぐことができた。疫学調査の重要性を示す事例であった。
富山県衛生研究所
磯部順子 木全恵子 清水美和子 嶋 智子 田中大祐 綿引正則
砺波厚生センター小矢部支所・高岡厚生センター 水木路男 金木 潤 清原美千代 松原勝博
砺波厚生センター・健康課 藤崎啓子 井波恵子 三井千恵子