概要:2005(平成17)年7月18日〜20日まで大分県A町でのキャンプに参加した福岡市内の高校生393名と教職員16名のうち、生徒174名と教職員2名が、7月19日〜23日にかけて水様性下痢、腹痛、嘔吐、発熱(36.5〜39.5℃)などの食中毒様症状を呈した。キャンプでの共通食は生徒らが調理したカレーライス、野菜サラダおよび豚汁、ならびに業者に発注したパン、おにぎり弁当およびサンドイッチであった。キャンプ場の水源は湧き水であり、自然流下により貯水槽に貯められたものがキャンプ場内の洗い場などへ送水されていた。キャンプ場の管理会社は、次亜塩素酸ナトリウムを貯水槽へ1日1回投入し消毒を行っていたが、飲用水としては使用しないように口頭で利用者に注意をしていた。
検査結果:病原菌検査は、患者便20検体を福岡市保健環境研究所で、湧き水5検体(水源、分水槽、キャンプ場内タンク、トイレ横およびフロ場横の洗い場で採取)を大分県衛生環境研究センターで行った。患者便および湧き水からは、大腸菌以外の有意な病原菌は検出されなかった。
患者便から検出された大腸菌の病原因子(VT遺伝子、LT遺伝子、ST遺伝子、invE 遺伝子、ipaH 遺伝子、eaeA 遺伝子、bfpA 遺伝子、aggR 遺伝子およびastA 遺伝子)を調べたところ、11名からeaeA 遺伝子のみを保有する大腸菌が検出された。11名から共通して検出された株のO抗原型は型別不能(UT)であり、11名中1名から検出された株については168であった。これらの株の生化学性状は共通しており、非運動性、乳糖遅分解性(TSI培地斜面)、β-galactosidase陽性、β-glucuronidase陰性であった(表)。
また、湧き水からもeaeA 遺伝子のみを保有する大腸菌が検出され、そのO抗原型はUT、119、168であり、このうち、O168についてはβ-glucuronidase陰性の非定型的な性状を含めて、その生化学性状は患者分離株と同じであった(表)。
患者11名から検出されたOUT株をRAPDプライマー2〜4(Amersham Biosciences社)の3種を使用してRAPD解析を行ったところ、遺伝子パターンが一致した。
考察:当初はキャンプでの食事が原因と思われたが、疫学調査の結果、患者の発症時間が大きくばらついていたため、水系感染が疑われた。病原菌検査の結果、患者からOUT:H-およびO168:H-の付着因子としてeaeA 遺伝子のみを保有するβ-glucuronidase陰性の非定型的大腸菌が分離されたため、本事例は下痢原性大腸菌による食中毒と判明した。また、湧き水から、OUT:HNT、O119:HNTおよびO168:H-のeaeA 遺伝子のみを保有する大腸菌が検出され、O168:H-については患者分離株と生化学性状が共通していることから、本事例の感染源はキャンプ場の湧き水であると判断された。
下痢原性大腸菌による食中毒は水系感染が多いといわれるが、原因が明確に特定されることは珍しい。事件発生後、保健所の調査で、当該キャンプ場に配水された湧き水からは残留塩素が検出されず、水質管理が適正ではなかったことが判明した。一方、生徒らは、配水された湧き水は飲用すべきでないことを知ってはいたが、湧き水の配水箇所には飲用不可の標識がなかったことから、安易に飲用していたようであった。本事例は、湧き水の不適切な管理、配水箇所における飲用不可の標識の不備、さらに生徒らの誤った自己判断の三つの要因が重なって発生したものである。
福岡市保健環境研究所 馬場 愛 江渕寿美 瓜生佳世 樋脇 弘
大分県衛生環境研究センター 緒方喜久代 鷲見悦子 長谷川昭生 内山静夫