ノロウイルス(NV)の分子疫学研究が進む中でいくつかの流行遺伝子型が見られるようになった。九州地方におけるNVの流行を明らかにすることを目的として、散発事例、集団発生事例(食中毒と施設内感染事例、他)および食品から検出されたNVについて分子疫学的に検討を行った。
材料と方法
2003年1月〜2005年3月の間に3地方で得られた散発事例由来26株、集団発生事例89事例(うち食中毒4事例)由来 122株、食品由来22株、計 170株のNVについて調査した。NVの検査法は、食品衛生法に従いKojimaらのSKプライマーを用いてキャプシド領域のRT-PCRを行った。増幅産物の得られた検体についてダイレクトシークエンスを実施し、片山らの方法(IDWR 6:11 14-19, 2004)に基づいて遺伝子型番号を決定した。
結 果
検出されたNVのGI遺伝子型は10種類で、GI/1(NV68)型、GI/8(WUG1)型およびGI/11(SaitamaKU801)型の3タイプが3地域で共通に検出され、GI検出株の66%を占めた。GII遺伝子型は9種類で、GII/2(Melksham)型、GII/3(Mexico)型、GII/4(Lordsdale)型およびGII/5(Hillingdon)型の4タイプが共通に検出され、GII検出株の約83%を占めた。また、時期的に見ると、GII/4型は2003年11月から検出数が増加し、特に2005年1〜3月には佐賀県で11事例、大分県で12事例、熊本市で3事例の集団発生があった。
食中毒事件から検出されたNVは、熊本市は1事件、GI/1, 5, 8, 11型、GII/1, 3, 5, 12型であった。推定原因食品のカキは残品がなく検査できなかった。佐賀県は1事件、GII/2型であった。原因食品は不明であった。大分県は7事件あり、GII/4型が4事件、GI/8とGII/3、GII/14、GI/8が各1事件であった。
考察およびまとめ
NVの集団事例は89事例であったが、食中毒事件はその中で9事件(熊本市1、佐賀県1、大分県7)であった(表1)。九州内他自治体の2002〜2003年の報告数は1〜11事例/年であったので、熊本市では2003年1月以降のNVを原因とする食中毒届出が無く、発生が少ない状況であった。
熊本市事例では生カキが原因と推定され、検出されたNV遺伝子型はGIが4種類、GIIが4種類であった。カキが多くの種類のNVで汚染されていたと考えられた。佐賀県事例は、調査状況から事業所内給食施設が原因と推定されたが、食品からは検出されなかった。この事例は2004年6月に発生し、検出された遺伝子型がGII/2型のみであった。当事例は夏季事例で、感染経路が興味あるところであるが、原因食は不明であった。大分県の7事例の発生状況は表1のとおりであった。6事例では遺伝子型が1種類しか検出されず、NVの単一汚染があった食品の可能性も考えられた。1事例はGI/8、GII/3が検出され、原因食がカキであっても検出される遺伝子型が少なかった。
今回の調査で九州の3地方においてもGI型10種、GII型9種と多種多様なNVの流行が示唆された。その中で、GII/4型が全体の41%と多く、GII/4のうち67%が2004年11月〜2005年1月に検出され、多くは高齢者施設の集団事例からであった。GII/4の流行は日本の他地域を含め世界的傾向と同様であった。また、2005年以前のGIによる集団発生事例はほとんどがGI/1に起因するものであったが、2005年1〜3月ではGI/3型、GI/8型等による集団事例が発生しており、NVの次シーズンでの動向が注目される。
熊本市環境総合研究所 松岡由美子
佐賀県衛生薬業センター 平野敬之
大分県衛生環境研究センタ− 小河正雄
国立感染症研究所・感染症情報センター 愛木智香子 秋山美穂 西尾 治