ノロウイルス(NV)による食中毒は、生カキや調理従事者を介した事例が多発している。今回、営業施設で使用されていた井戸水が原因であったことを確認したので、NVに汚染された飲料水を介した事件について報告する。
概 要
事件の発端は、2003(平成15)年3月24日に行われた行事に参加した43名中28名が、3月24日〜26日にかけて嘔吐、下痢等の食中毒症状を呈し、9名が医療機関を受診した旨、27日に保健所に届出があった。このグループは、一次会の飲食店でカキ鍋を喫食し、二次会でカラオケハウスを利用していた。一次会のみ出席した11名は発症せず、また28日以降、同じカラオケハウスを利用した4グループから食中毒の届出があった。そこで、カラオケの予約受付簿と会員登録情報から施設の利用者を把握し、主要なグループについて調査を行った。摂食者は27グループ227名で、患者は151名となった。当カラオケハウスでは、飲料水として井戸水を使用しており、井戸水はジュースディスペンサーと製氷器に直結され、チューハイやジュースに供給されていた。飲物を含めた喫食状況調査に基づくχ2検定では、ジュースやチューハイ等の井戸水が含まれる飲物が最も高いχ2値(47.81)を示し、99.9%の確率で有意性を示した。これらの調査により、カラオケハウスが原因施設で、飲料水が原因食品であることが疫学的に推定された。
患者発生曲線は3つのピークを形成した(図1)。患者の発症ピークは、利用者の多い日の翌々日に形成され、潜伏時間は多くが30〜36時間であった。患者が連続して発生したのは3月22日以降であり、井戸水が多くのNVに汚染されたのは、3月20日〜21日の間と推測された。
給水施設の状況(図2)
井戸は店舗前の道路脇にあり、ポンプ小屋の着水槽にポンプアップされ、さらに鉄製で内部FRPの地下設置式貯水槽(容量9.4m3、受水槽本体は、点検スペースで周囲地盤と区分されている)に入り、塩素殺菌後、高置水槽(6m3)に揚水され、配水される構造となっていた。現場確認当時、塩素滅菌器の次亜塩素酸ナトリウムは空になっていた。浄化槽と井戸は直線で約12m、地下設置式貯水槽とは約40m離れていた。浅井戸で、蓋を開けると水面が容易に確認できる深さであった。受水槽は老朽化のため、本体の破損があり、周囲の点検スペースまで水があふれた状態で、井戸水には褐色の浮遊物が確認された。事件後の措置として、井戸水の使用を中止し、水道を施設配管に直結し、給水するよう改善した。
病原体の検索結果
患者便3グループ25検体、調理従事者便4検体、および流しの給水口から採取した井戸水についてNVおよび食中毒細菌の検査を実施した。NVの検査は、ポリメラーゼ領域のプライマーNV81/SM82,NV82を使用してRT-PCRを行った。RT-PCRの結果、患者便25件中21件で陽性、4名の調理従事者は陰性であった。患者便9検体について、キャプシド領域を増幅するリアルタイムPCRによる定量1)を行ったところ、9件中6件がGI陽性、1件がGII 陽性、2件がGI、GII とも陽性となった。
井戸水のNV検索は、井戸水500mlをサンプルとしてポリエチレングリコールで濃縮し、CTAB法にてRNAを抽出した。1st PCRはプライマー35'/36、2nd PCRはNV81/SM82,NV82を用いNVを検出したところ陽性となった。さらにリアルタイムPCRで、GIは井戸水100mlあたり 9.6×102コピーであったが、GIIはサンプル量が無く実施できなかった。
患者便および井戸水でPCR増幅された遺伝子について、ダイレクトシークエンス法によりポリメラーゼ領域222bpの塩基配列の解析を行ったところ、井戸水から検出されたNV遺伝子はGIグループのKY89株(Ac.No.L23828)と97.7%の相同性があり、患者便検出株と100%一致した。患者便検出株は、SRSV-KY89 株とGIIグループのSaitamaU25株(Ac.No.AB039780)に近縁のクラスターに分けられ、二つの遺伝子型が関与していたことが判明した。
細菌検査では、患者便23件中5件からウェルシュ菌が、2件から黄色ブドウ球菌が検出された。井戸水からカンピロバクター、大腸菌が検出され、一般細菌数は 5.0×102/mlで、井戸水の糞便汚染が疑われた。
まとめ
井戸水の汚染源は調査できなかったが、浄化槽から漏出した汚水により、井戸水がNVに汚染された結果と推測された。
井戸水がNVによる汚染を受けた場合、NVに対しては水道水の水質基準程度の次亜塩素酸ナトリウム濃度(0.1ppm)では不活化はできないので、食中毒の発生を防止することは困難である。感染性胃腸炎の集団発生の際には、井戸水等の飲料水が原因となることも考慮して、調査を行う必要がある。
また、日頃から井戸の給水源が糞便等に汚染されないよう、環境の整備が必要である。
文 献
1) Kageyama et al., J Clin Microbiol 41: 1548-1557, 2003
新潟県保健環境科学研究所 田村 務 西川 眞
新潟県新津健康福祉環境事務所(平成15年当時) 飯田和久 新井田良平 紫竹美和子 角田由紀子
国立感染症研究所・感染症情報センター 西尾 治