ミシシッピーアカミミガメ(ミドリガメ)との関連が強く疑われた小児重症サルモネラ感染症の2症例

(Vol.26 p 342-343)

2005年3月〜10月の間に千葉県船橋市の同一医療機関でサルモネラに起因する小児重症感染症が2症例経験されたが、1症例はミドリガメとの因果関係が強く疑われ、また他症例ではミドリガメが感染源であることが確認された。以下に2症例の概要について紹介する。

症例1:患児は1歳3カ月の女児で、入院9日前より発熱し、近医にてミノサイクリンの経口投与を受けるも改善せず熱性けいれんにて当該医療施設に緊急入院となる。入院時体温39.7℃にて下肢硬直、眼球右方偏視、口唇チアノーゼを呈した。白血球数 12,700/μl、CRP 0.23mg/dl、インフルエンザ抗原陰性、血清補体価正常で、髄液所見は総細胞数 5,504/3mm3 (単核球 1,648、多核球 3,856)、総タンパク 189mg/dl、グルコース 2mg/dl、クロール 116mEq/lであった。入院時採取された咽頭擦過物、尿、便からは病原菌は分離されず、静脈血液でも菌の発育を認めなかった。しかしながら、髄液からSalmonella enterica subsp. enterica serovar Braenderupが検出されたことからサルモネラ髄膜炎と診断された。患児には、第1〜6病日はampicillin、cefotaximeの静注投与、以降第14病日まではcefotaximeの単独投与が施された結果、全身状態が改善され、第17病日に退院となった。退院時および外来での経過観察で患児に神経学的後遺症は認められなかった。

感染経路調査のためインフォームドコンセントに基づいて両親の便培養を実施したがサルモネラは検出されなかった。本患児の家庭内ではミドリガメを飼育していたことから、本症例との因果関係が強く疑われた。

症例2:患児は6歳2カ月の女児で、入院4日前より発熱、嘔吐、水様便が認められ、当該医療施設に緊急入院となる。入院時体温38.5℃で白血球数 7,100/μl、CRP 4.01mg/dlで軽度の肝機能異常を伴っていた。入院時採取された咽頭擦過物、尿では病原菌を認めず、便および静脈血液よりS . Paratyphi Bが検出されたことからサルモネラによる急性腸炎と敗血症と診断された。患児には、第1〜5病日はfosfomycinの静脈投与、以降ampicillinの静脈投与が施され、全身状態が改善されたため第11病日に退院となった。

感染経路調査のため、家庭内で飼育していたミドリガメの水槽内の水を培養したところ、多量の菌数のAeromonas hydrophila およびS . Paratyphi Bが検出された。そこで患児の便および静脈血液、ミドリガメの水槽内由来のS . Paratyphi Bについてパルスフィールド・ゲル電気泳動を行い、同一の泳動パターンが得られたことから、本症例がミドリガメに起因するサルモネラ腸炎および敗血症であることが確定された。

考察:アメリカでは1970年代にペットとして飼われていた小型ガメに関連するサルモネラ症が公衆衛生の見地から懸念されたため、1975年以降FDAにより小型カメ(甲羅長:4インチ未満)の商業目的での販売が禁止されている1)。FDAではそれ以上のサイズのカメならおそらく子供達が口に入れようとはしないだろうと見込んでいたと思われる。この販売禁止令によって、小児におけるサルモネラ症は毎年およそ10万例が予防されたと推定されている2)。しかしながら最近再び小型ガメの違法販売が増加してきたことに対処すべく、FDAは小型ガメに関わるサルモネラ症の情報を監査機関と公衆衛生教育者に定期提供し、一般消費者への啓発を図っている。

カメ等の爬虫類は糞便中のサルモネラ保菌率が50〜90%3, 4) と高く、ヒトサルモネラ症の感染源として公衆衛生上も十分衆知すべき問題である。感染症の病型としては、発熱を伴う腸炎が報告のほとんどを占めており、敗血症や髄膜炎等の重篤症例の報告はそれほど多くない。しかしながら、特に小児をはじめ高齢者、感染防御能の低下した患者では重篤感染症として発症する危険性は高く、今回の2事例も髄膜炎、敗血症と重篤な感染症に発展した症例であった。

アメリカ、ヨーロッパや日本において食中毒の2大起因菌であるS . EnteritidisおよびS . Typhimuriumが爬虫類に関わるサルモネラ症においても主要な起因菌となっているが、それ以外にも種々の血清型が報告されている。スウェーデンのサーベイランス5)では、これら2血清型が全症例の33%を占めるほか、特にS . Litchfield、S . Saintpaul、S . Stanleyがカメとより関連性が高いと推察されている。また、アメリカの報告6)では特にS . Stanleyが生後6週の男児の血液と髄液に由来していた(患児とカメとの接触はなかったが、家族は直接接触しており、カメの餌入れ容器等をキッチンで洗っていた)。本報の症例1で検出されたS . Braenderupは国内において散発下痢症の事例に認められ、ヒト由来サルモネラ血清型の上位20位に入る血清型であり、カメ3, 5) からも検出されているが、カメを起源とした本菌による重篤症例はまれであると考えられる。また、症例2で検出されたS . Paratyphi Bについては、われわれの知り得る限り海外での症例報告は認められなかったが、国内では重篤感染症ではないものの、1985年にミドリガメが感染源と特定された70歳女性の腸炎事例が報告されている。この事例では患者家族5名のうち孫の7歳男児からも同血清型が検出されていた。興味深いことに、この事例後に実施された市内の12箇所のペットショップのミドリガメあるいは飼育水の調査で、4箇所からS . Paratyphi Bが検出されていた7)。

ミドリガメとサルモネラ感染症との関係についての知識を有する年代層に差があり、特に若い母親では認識が低い場合も多く見受けられる。また、一部の保育施設等では、ペットとして飼育されている事例もある。危険性を十分認識しないまま小児と接触させた場合、腸炎のみならず今回の2事例のような重篤な感染症に発展する場合もあり、今後も、市井レベルでの継続した啓発が重要と考えられる。

 文 献
1) 21 CFR 1240.62. Turtles intrastate andinterstate requirements.
2) Cohen ML et al., JAMA 243: 1247-1249, 1980
3) Woodward DL et al., J Clin Microbiol 35: 2786-2790, 1997
4) Geue L et al., Vet Microbiol 84: 79-91, 2002
5) de Jong B et al., Emerg Infect Dis 11: 398-403, 2005
6) CDC, MMWR 44: 347-350, 1995
7)福岡市衛試報 10: 70-71, 1985

国立感染症研究所・細菌第二部 長野則之(船橋市立医療センター)
船橋市立医療センター・小児科 小穴愼二
国立感染症研究所・細菌第二部 長野由紀子(船橋市立医療センター) 荒川宜親

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