イグアナが感染源と推定された乳児下痢症患者から分離されたサルモネラ

(Vol.26 p 344-345)

近年のペットブームに伴い世界各地から野生動物が輸入され、家庭内で容易に飼育されるようになった。愛玩動物としての歴史が浅く、正しい飼育法や接し方等の知識不足による外来性動物由来感染症の増加が危惧されている。我々は、生後3カ月の下痢症患者から分離されたサルモネラを精査し、イグアナが感染源であると推定した。その経緯を報告する。

症例:2004年2月、千葉県内の病院に生後27日の乳児(男)が受診した。主訴は哺乳力低下、元気が無い等で、体温は37.2℃であった。特定の疾患は認められなかったが、その後も同様の状態が続いた。約2カ月後、発熱、水様便数回の後、粘血下痢便になり再来院した。ビフィズス菌製剤が処方されたが回復せず、翌日入院となった。細菌性腸炎が疑われ検便を実施したが、病原性細菌は検出されなかった。ビフィズス菌製剤とホスホマイシンが処方され、5日後、軽快・退院となったものの、9日後、再び下痢を呈し外来で受診した。検便の結果、サルモネラが検出されたがO抗原血清型が不明であったため、当所に精査の依頼があった。

菌の同定方法:血清型別は市販抗血清(デンカ生研)と、一部は試薬会社の研究室より供与された抗血清を用いた。生化学性状はTSI、LIM、Simmons Citrate、Malonate、KCN培地、およびApi20E同定キットで調べた。また、炭水化物の発酵性はAndrade Pepton Water(Oxoid)を基礎培地とし定法1)に従って調べた。

結果:菌はDHLおよびCHROMagar Salmonella培地上に典型的なサルモネラのコロニーを形成し、TSIおよびLIM培地上で定型的性状を示した。Api20E同定キットではSalmonella spp. (% id 97.6)であった。しかしO抗原は、市販の抗血清に凝集がなかった。試薬会社から供与された未市販抗血清では、O45とO50に凝集したが、加熱死菌はO45のみに凝集した。H抗原はgおよびz51に凝集した。以上から、血清型「O45:g,z51:-」と決定した。この血清型はKauffmann-Whiteのサルモネラ抗原構造表2)でS. enterica subsp. arizonae (IIIa)またはS. enterica subsp. houtenae (IV)に分類される。そこで、詳細な生化学性状を調べた。S . IIIa保存株と患者由来株の性状を表1に示した。患者由来株はβ-galactosidase−、Malonate−、KCN培地での発育+、Galacturonate+であり、S . IIIaは否定された。Salicineは−であったが、Salicine+のS . IVは約60%であること、その他の生化学性状から患者由来株はS . IVと同定した。

ヒトからのS . IV (O45:g,z51:-) の分離例は、日本では調べた限り無いが、米国、カナダで、イグアナがこのサルモネラを保菌していること3)、またイグアナから乳児への感染例4)が報告されている。次の再診時、患者宅のペットの有無を尋ねたところ、約1年前からイグアナを飼育していることが分かった。

考察:本事例では、検出された菌の特殊性からイグアナとの関連が強く疑われた。患者宅のイグアナを直接調べることはできなかったが、他にペットはいないこと、患者は生後3カ月であり、一般的な食品や家庭外の動物および環境中からの感染は考えにくいことから、患者宅のイグアナが感染源であると推定した。

近年はペットブームといわれる。イヌやネコ等の従来からの動物に加え、外来性動物の愛好家が増加している。特にイグアナは、草食性のおとなしい動物で飼育しやすいことから人気が高く、家庭内で人と濃密に接しながら飼育されている。日本での飼育数は不明だが、爬虫類全体では、統計が取られ始めた2002年以後毎年70万頭以上が輸入されている5)。爬虫類の中でカメ、トカゲ、ヘビ等はサルモネラを保有していることが知られているが、S . IV (O45:g,z51:-)はイグアナの保菌が報告されているのみである。本事例で、患児の家族に発症はないことから、本菌の病原性や感染力は強くない可能性がある。しかし、乳幼児にとっては、身近に存在するサルモネラ症の原因菌として注意する必要があると考えられる。

千葉県内の散発下痢症患者から分離されるサルモネラは、主に医療機関内の検査室あるいは検査機関で同定されるが、多くは同定キットあるいは自動同定機を用いて実施され、Salmonella spp.と判定されるだけで、血清型は不明である。一方当所では、保健所に届け出られた集団食中毒や有症苦情由来サルモネラ、および一部の医療・検査機関で分離されたサルモネラの血清型別を実施しているが、県全体を把握するシステムはない。全国の都道府県でも同様である。本事例で分離されたサルモネラは、抗血清が市販されていない非常に稀な血清型であった。一般に、このようなサルモネラはO抗原不明と報告され、その由来を推測することは困難と思われる。上述のとおり、我々が把握できるサルモネラ血清型別分布状況は限られており、さらに菌の由来が判明する例はごく一部であることから考えると、外来性動物由来サルモネラ症は少なからずあるかもしれない。

 文 献
1)坂崎利一,他,腸内細菌: 15-17, 近代出版,東京, 1992
2) Popoff MY, Antigenic formulas of the Salmonella serovars 2001, WHO Collaborating Centre for Reference and Research on Salmonella
3) Woodward DL, et al., J Clin Microbiol 35: 2786-2790, 1997
4) CDC, MMWR 52: 1206-1209, 2003
5)財務省貿易統計,動物種別輸入状況,2002-2004

千葉県衛生研究所 依田清江 内村眞佐子

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