コレラ菌に類似した性状を示すが、コレラ菌O1、またはO139抗血清に非凝集性の菌群をVibrio cholerae non-O1, non-O139あるいはnon-agglutinable Vibrio (ナグビブリオ)と総称する。
ナグビブリオは検疫所での下痢症患者からの分離菌株でも上位を占め、海外旅行者下痢症の主要な病原菌である。1992年10月、インド南部でコレラ毒素(CT)産生性のV. cholerae non-O1によるコレラ様の大流行が起こり、瞬く間にインド全土に拡がり、やがてアジア地域へと拡散していった。この菌は当時知られていたナグビブリオの血清群O2〜O138血清に凝集しなかったので、新しい血清群O139と命名された。現在、コレラの起因菌はCT産生性V. cholerae O1およびO139としてWHOでは定義されており、わが国も同じ定義である。ナグビブリオは現在O2〜O210(O139を除く、O194〜O210は未発表)血清群に型別されている。
成田空港検疫所が1991年1月〜1993年6月までに入国下痢症患者の糞便から分離したナグビブリオ 250株は48種類の血清群に分かれ、そのうちO5が67株と最も多く、次いでO2が24株、O41が22株であった。CT産生株はインド帰国者からO26 が1株だけ分離された。また、1994〜1996年に世界各地から収集されたナグビブリオ1,898株の調査では、128種類の血清群が検出され、そのうち患者由来株ではO5が98株と最も多く、次いでO2とO10がそれぞれ61株であった。CT産生株はいくつかの血清群を合わせても全体の約2%の37株であった。
コレラ菌の場合、主要な病原因子はCTである。逆にCT非産生菌ではコレラ様の症状を示さないことから、コレラ防疫対策の対象菌からも除外されている(IASR 9: 219-220, 1988参照)。ナグビブリオの中にもCT産生性の菌が存在し、またナグビブリオとされる菌の中には本来O1あるいはO139であったものがO抗原の変異で、O1、O139の抗血清に凝集が見られなくなるものもあるので、CT産生性のV. cholerae のO血清型を検査をする際は、その点にも注意が必要である。最近のCT産生性のナグビブリオの事例を表に示すが、特にO141は海外のコレラ様の症状を示す散発下痢症でも見られており、今後の動向に注意が必要である。
文 献
堤 英明ら,感染症誌 69: 637-641,1995
山井志朗ら,感染症誌 71: 1037-1045,1997
Dalsgaard A, et al., JCM 39: 4086-4092, 2001
Crump JA, et al., JID 187: 866-868, 2003
国立感染症研究所・細菌第一部 荒川英二 渡辺治雄
神奈川県衛生研究所 鈴木理恵子 沖津忠行 黒木俊郎