デング出血熱/デングショック症候群に真菌感染症を合併し死亡した日本人症例

(Vol.27 p 14-15:2006年1月号)

53歳男性。特記すべき既往症を有しない。2003年から仕事のためスリランカ(コロンボ)に在住していた。2005年8月21日から39℃の発熱が出現。8月25日には、血小板減少(8.5万/μl )、頭痛、皮疹がみられ、現地の病院に入院した。詳細は不明であるが、デングウイルスIgM抗体陽性、PCRによるデングウイルス遺伝子陽性であったとのこと。8月26日には、血小板 2.6万/μlとさらに低下、歯肉出血および上下肢や胸部に点状出血が出現した。8月27日にいったん解熱したが、ショック状態となった。ALT値234IU/l。8月29日には、無尿のため血液透析が開始され、翌30日、呼吸不全および意識障害、総ビリルビン値上昇(7.9mg/dl)、肝機能障害(AST 10,500IU/l, ALT 1,770IU/l)と多臓器不全の状態に陥った。ショックに対する管理はなされていたものの多臓器不全は改善せず、日本での治療を希望されたため、9月7日に当院に搬送された。

当院へは空港から救急車で搬送された。尿道および中心静脈カテーテルが留置され、気管内挿管された状態であった。意識障害(GCS 3)、血圧50/20mmHg、SpO2 96%(FiO2 0.8)、体温39.6℃。皮膚黄染著明。軽度の浮腫を認めた。両上腕から前腕(マンシェットが巻かれていた部分以下)に皮下出血著明。その他、前胸部に出血斑あり。心雑音は聴取せず。呼吸音は両肺で減弱。表在リンパ節触知せず。

白血球 10,400/mm3、ヘモグロビン 8.4g/dl 、血小板 7.5万/mm3、PT-INR 1.63 、APTT 68.9sec、フィブリノゲン 201mg/dl 、D-dimer 24.6μg/ml、AST 603IU/l、ALT 68IU/l、T-Bil. 22.3mg/dl、BUN 83.5mg/dl、Cre 4.9mg/dl、Na 141mEq/l 、K 5.6mEq/l、Cl 97mEq/l、CK 1,760IU/l、NH3 141μg/dl、CRP 23.9mg/dl 、β-Dグルカン>600pg/ml、pH 7.255、PaCO2 44.2mmHg、PaO2 66.7mmHg 、HCO3- 19.0mEq/l 。

当院入院後、マラリア、腸チフス、レプトスピラ症など他疾患の除外を行った。デングウイルス感染症の血清学的検査は国立感染症研究所・ウイルス第1部第2室に依頼し、デングウイルスIgMおよびIgG抗体の陽性を確認した。また、当院入院時の全血からリアルタイムPCRによりデングウイルス3型が検出された。入院時に採取した血液培養から、Candida tropicalis が同定された。なお、レプトスピラ症は国立感染症研究所・細菌第1部に、マラリアは国立国際医療センター研究所適正技術開発・移転研究部に詳細な検査を依頼した。

胸腹部CTでは両肺に多発結節影、スリガラス陰影を認めた。胸腹水著明。肝腫大著明。心臓超音波検査で明らかな疣贅は指摘できず。頭部CTでは右前頭葉・左側頭葉・左延髄・右小脳など広範囲に出血性脳梗塞を認めた。循環動態管理、血漿交換、抗真菌薬投与など集中治療を行ったが、当院入院30時間後に死亡した。

病理解剖が施行された。右脳は腫大し、脳ヘルニアを呈していた。出血巣・梗塞巣が多発しており、その最大径は7cm。左房壁および右室心筋に、内腔に突出する形で8mm程度の暗赤色疣贅が多数存在(C. tropicalis による疣贅)した。著明な血性胸腹水を認めた。肝臓は腫大し、肉眼的に小壊死巣が多発。その他、肺、心筋、腎、脾、消化管などに壊死・梗塞巣が多発していた。

スリランカでデングウイルスに感染し、デング出血熱、デングショック症候群を呈した日本人患者である。デングウイルス感染症自体も重症の経過をたどったことは間違いないが、現地の病院での治療中にC. tropicalis による敗血症を合併したことにより、多臓器への著しい真菌塞栓をきたし、DICおよび多臓器不全を呈したことが主たる死因であると考えられた。C. tropicalis の感染経路は中心静脈カテーテル関連である可能性が最も高いと考えられるが、他の原因も否定できない。国立感染症研究所・ウイルス第1部第2室に検索を依頼した結果、デングウイルス3型による感染症であったことが示されたが、さらに中和試験の結果から3型以外の血清型のデングウイルスにも感染の既往がある可能性が示唆された。本症例の病理学的(ミクロ)検索およびウイルス学的検索を含めた詳細は、別に報告する予定である。

なお、当院では、2005年8月〜11月までの間に本例を含めて4例のデングウイルス感染症を経験している。流行地への渡航歴を有する発熱疾患の診療の際には十分な留意が必要である。

東京大学医学部附属病院・感染症内科
畠山修司 北沢貴利 奥川 周 貫井陽子 塚田訓久 太田康男 小池和彦
同 救急部・集中治療部 山口大介 石井 健 矢作直樹

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る