破傷風の1症例

(Vol.27 p 70-70:2006年3月号)

破傷風は、年間の発生症例数が数十例と少ないものの、いまだ致死率が高い疾患である1)。

今回、当センタ−で破傷風毒素遺伝子をPCR法によるスクリーニング検査において陽性と判定した事例の概要について報告する。

症例:60歳男性。2005(平成17)年8月12日飲酒後、左頭頂部に5cmの裂傷を受けた。受傷後は特に加療なし。8月15日から頭痛、肩、首、下顎の痛みと歩行および呼吸が不安定となり、8月16日に近医に救急搬送された。

受診時は意識清明、発語は困難で、筆談によりコンタクトを取っていたが、突然呼吸困難となり、経鼻的気管挿管された。臨床経過より破傷風と診断し、破傷風免疫ヒトグロブリン合計6,000単位が投与された。気管挿管されていたが、自発呼吸はあった。

8月18日から激しい全身痙攣による低酸素血症となり、人工呼吸管理のためN病院に搬送され、集中治療室では血圧180/110mmHg、体温37.0℃、顎関節硬直により開口困難、上肢屈曲、体幹伸展し全身が硬直していた。左頭頂部裂傷は開放し、まだ土壌が付着し、創部の塗抹検査でグラム(+)、太鼓バチ状の形態をした桿菌を検出した。

その後、ペニシリンG 2,000万単位を連日投与、左頭頂部裂傷は開放し連日の微温湯洗浄、人工呼吸器による呼吸管理を開始した。頻回の全身の筋肉の硬直性痙攣発作と、交感神経緊張症状として急激な血圧の変動と頻脈があり、血圧は上昇時300mmHg、脈拍は150/分を超えた。

筋弛緩剤、抗痙攣剤および降圧剤を投与したが、痙攣発作は抑制できず、持続静脈麻酔を併用した。完全な痙攣発作の抑制は困難で、聴診、触診および体位変換や、近くでの会話等の音など軽微な刺激にも、短時間の痙攣発作や血圧、脈拍の激しい変動は持続した。

8月26日、左頭頂部開放創は肉眼では治癒してきたが、再度細菌検査でグラム(+)、太鼓バチ状の形態をした桿菌が検出されたため、創部は開放のままオキシドールでの洗浄に変更し持続した。また、破傷風免疫ヒトグロブリン合計 3,000単位を追加投与した。

病原体の顕微鏡観察:当センターに8月31日搬入された検体(GAM半流動培地に塗布された)は、グラム陽性球菌およびグラム陽性桿菌の混在が認められたため、破傷風菌の遊走性を利用し、検体をあらかじめ嫌気条件で還元した5%羊血液寒天培地の辺縁部に塗布した。

嫌気条件下24時間培養後、コロニーの最先端部が肉眼的に純培養に近い状態であったため、グラム染色、芽胞染色(Moeller法)を行い、太鼓バチ状の形態をしたClostridium 様桿菌を確認した。

病原体毒素遺伝子の検出:分離菌株からの破傷風毒素遺伝子の検出は、PCR反応を用いて加藤直樹らの方法2)に準拠した。

DNA検体は、寒天平板上のコロニーを滅菌蒸留水で懸濁後、加熱/溶菌(95℃ 10min)し、さらに遠沈(15,000rpm)し採取した上清を使用した。

サイクル条件は、95℃ 20sec、55℃ 20secを35サイクル行い、PCR産物の検出は、2%アガロース寒天(TAKARA LO-3)で泳動後、常法により331bpおよび229bpのバンドを9月3日に確認した(図1)。

使用したプライマー(プライマーペア:GAT1とGAT2、GAT5とGAT6)。

9月10日ごろから痙攣は減少し、全身の硬直も軽減し、9月14日に人工呼吸器から離脱できた。9月17日には意識清明で読書、自力座位はできたが、開口困難は最後まで残り、流動食を継続した。歩行器使用での歩行まで回復し、10月3日筋力回復のリハビリ目的で転院した。

むすび:一般的に破傷風の診断は、本症特有の臨床症状(強直性痙攣)によるが、患者の臨床検体から本菌が分離され、さらにその菌株よりマウス接種試験により破傷風毒素が検出されれば、より確実になるとされている。

今回の事例は、上述の典型的な臨床症状に加えて、より迅速な病原体診断を得るために、PCR法によるスクリーニング検査を実施し、分離菌株から破傷風毒素遺伝子を検出したものである。

文 献
1)海老沢 功, 最新医学 54(3月増刊): 644-651, 1999
2)加藤直樹, 他, 嫌気性菌感染症研究 23: 86-89, 1993

徳島県保健環境センター保健科学担当 長尾夛祥 森 敏彦 笹川知位子
徳島日赤病院総合診療科 金崎淑子

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