2005年8月、石川県において黄色ブドウ球菌が原因と疑われた食中毒事例が発生し、その際分離された菌株が未知の黄色ブドウ球菌エンテロトキシン(SE)を産生している可能性が示唆されたので報告する。
8月4日、南加賀保健所管内の医療機関より、管内の某旅館に宿泊した34人の団体客のうち6人が8月3日午後10時頃から下痢、嘔吐等の症状を呈しているとの通報があった。保健所で調査した結果、他に同日宿泊した2グループ5人中4人も同様の症状を呈していることが分かり、またこれらの患者に共通する飲食物が某旅館の夕食以外に無いことから、本事例は同施設の夕食を原因とする食中毒と推定された。
疫学調査の結果、原因と推定された夕食から発症までの時間は2〜12時間で、平均7時間であった。また、患者の主な症状は、下痢(100%)、腹痛(40%)、嘔気または嘔吐(30%)であった。
保健所において、患者の吐物1検体、調理員の糞便6検体、保存されていた検食11検体、調理員2人の手指ふきとり2検体、および調理場等のふきとり8検体について、細菌検査(腸炎ビブリオ、サルモネラ、黄色ブドウ球菌、セレウス菌)を実施した。また、患者吐物についてはSEの検出も試みた。なお、患者糞便については、患者がすべて県外旅行者であったため、県外の検査センター等で腸炎ビブリオ、サルモネラ、黄色ブドウ球菌、セレウス菌、ウエルシュ菌、エロモナスの検査が実施された。
保健所における細菌検査の結果、患者吐物1検体、検食3検体(鯛のお造り、冷凍ゆで蟹、大根漬け)、調理員手指ふきとり1検体および魚用冷蔵庫取っ手ふきとり1検体から黄色ブドウ球菌が分離されたが、その他の病原菌は分離されなかった。なお、検食3検体から分離された黄色ブドウ球菌の菌数は、鯛のお造り;50cfu/g、冷凍ゆで蟹;100cfu/g、大根漬け;50cfu/gで、比較的少量であった。また、吐物からSEの検出をSET-RPLA(デンカ生研)を用いて試みたが、SEA 〜SED のすべてが陰性であった。
石川県保健環境センターにおいて、患者吐物1検体から分離した3株、鯛のお造りから分離した1株、冷凍ゆで蟹から分離した2株、大根漬けから分離した1株、従業員手指ふきとり1検体から分離した3株、冷蔵庫取っ手ふきとりから分離した2株の合計12株の黄色ブドウ球菌について、コアグラーゼ型別およびSE遺伝子の検出を行った。なお、コアグラーゼ型別はブドウ球菌コアグラーゼ型別免疫血清(デンカ生研)を用い、またSE遺伝子の検出はSEA〜SEE遺伝子検出用のPrimer Set(TaKaRa)を用いて行った。その結果、従業員手指ふきとり由来の1株を除く11株のコアグラーゼ型はV型であったが、SEA〜SEE遺伝子は検出されなかった(表)。また、これらのコアグラーゼV型株の一部についてパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)法による遺伝子解析を実施した結果、すべての株のDNA切断パターンはほぼ一致した(図)。
一方、県外の検査センター等における細菌検査において、患者8人中1人から黄色ブドウ球菌(SEB)が、2人からセレウス菌、ウエルシュ菌(CPE+;1人、CPE−;1人)ならびにエロモナスがそれぞれ分離された。
本事例の起因菌については、患者10人中7人が6時間以内に発症し、さらにそのうちの3人に嘔気または嘔吐がみられたことから、黄色ブドウ球菌またはセレウス菌の可能性が考えられたが、患者全員に下痢症状がみられたこと、および患者の吐物、食品、従業員の手指および施設のふきとりから同一コアグラーゼ型の黄色ブドウ球菌が分離されたことから、当該菌が原因と疑われた。また、各種検体から分離されたコアグラーゼV型の黄色ブドウ球菌は、SEA〜SEEを産生しなかったが、PFGE法による解析結果がほぼ一致したことから、汚染源は同一の菌と考えられ、本菌が起因菌である可能性が高いと思われた。なお、患者糞便の検査は県外の検査センター等で実施されたが、当該菌が検出されなかった理由は不明である。
現在、SEは既知のSEA〜SEEに加えSEG〜SElUの13種類の新型SEが報告され、計18種類の存在が知られている。また、近年seg 、sei 、selm 、seln 、selo 遺伝子保有黄色ブドウ球菌による食中毒事例も報告されていることから、本事例で分離したコアグラーゼV型の菌株が新型SEを産生していることが考えられたため、岩手大学においてmultiplex PCRにより新型SE遺伝子を含む17種のSE遺伝子(sea 〜see 、seg 〜selr )およびTSST-1遺伝子の検索が行われたところ、いずれの遺伝子も検出されなかった。この結果、これらのコアグラーゼV型菌はSEA〜SElR以外の未知のSEを産生している可能性が示唆され、現在詳細な解析が進められている。
以上のことから、本事例は未知のSEを原因とした極めて稀な食中毒事例の可能性が示唆された。なお、これまでにも新型や未知のSEを原因とした食中毒事例は発生していると思われるが、市販の試薬キットではこれらのSEは検出できないために、病因物質として確定されなかった場合があると考えられる。今後、SE型別不明黄色ブドウ球菌食中毒の情報収集や事例報告等によりデータを蓄積し、その発生動向を把握するとともに、未知のSEの検索および新型SEの検出法を確立する必要があろう。
石川県保健環境センター 倉本早苗 児玉洋江 山田恵子 戌亥一朗
石川県南加賀保健所 北川恵美子 川上慶子 里見良二 伊川あけみ
岩手大学農学部獣医学科応用獣医学講座・食品安全学研究室 重茂克彦 品川邦汎