麻疹における麻疹風疹混合ワクチン2回接種の医療経済学的評価

(Vol.27 p 97-98:2006年4月号)

麻疹において2006(平成18)年3月まで行われていた単味(抗原)ワクチン1回接種と比較して、麻疹風疹混合ワクチン2回接種の医療経済学的評価を行った。

費用対便益分析の評価の視点は社会全体とする。つまり、「社会全体が支払うべき費用」と「社会全体にとっての便益」を比較する。便益は、麻疹罹患時の医療費や交通費、および本人および家族の労働損失、死亡や重篤な後遺症に伴う遺失所得といった機会費用の削減である。費用は、ワクチン接種費用、および接種の付き添いや軽度の副反応への家族看護による日常業務の中断、労働損失といった機会費用である。

医療費は、千葉県松戸市の一総合病院にて倫理審査を受け、診療録探索から算出した。1997年7月〜2001年9月までに来院した麻疹様疾患患者291名のうちコプリック斑を認めた例、あるいは麻疹抗体価の有意上昇例のうち、発病から改善まで経過を完全に追うことができた外来通院例94例、入院例100例から医療費を評価した。その結果、外来で平均約12万円、入院で約30万円であった。これに基づいて日本全国での患者数を1万人と仮定すると、麻疹罹患に伴う総医療費は平均約48億円、ワクチン接種費用(1回接種)は約196億円と算出される。

罹患時の機会費用は、就業者に関しては年齢、性別、就業形態(正社員かパート・アルバイトか)に応じた平均賃金から算出した。主に家事や育児に従事している者、あるいは学生等で賃金を得る就業を行っていない者についての機会費用は、賃金を得る就業よりもあえて非就業の状態を選択しているという事実から、少なくともパート・アルバイトの平均賃金以上であるとする。ここでは、パート・アルバイトの平均賃金を非就業者の機会費用とする。平均賃金は1998(平成10)年度版賃金構造基本調査における年齢階級別賃金をもとに賃金関数を推定し求める。死亡、後遺症、ワクチン接種や家族看護に伴い日常生活を中断したことによる機会費用も同様に平均賃金で評価する。

2回接種における就学時の接種パターンについては、1歳時に接種した者の接種率が高い場合や、あるいはその逆といった様々なパターンが考えられる。ここでは、1歳時の接種の有無とは無関係に、就学時の接種が行われると仮定する。評価は増分純便益(INB: Incremental Net Benefit)を用いる。これは、
 INB=(B1−B2)−(C2−C1)

  注 B1:1回接種(旧制度)の医療費・機会費用
 B2:2回接種(新制度)の医療費・機会費用
 C1:1回接種(旧制度)の接種費用
 C2:2回接種で(新制度)の接種費用
と定義される。

まずベースケースとして表1の諸仮定の下で、INBは約35億円(90%CI [3.4, 80.7])である。また、感度分析として、麻疹風疹混合ワクチン接種費用を5,000円とすると、INBは平均的に約56億円、9,000円では約14億円である。2回接種のそれぞれの接種率を2回とも80%とすると約57億円、2回とも94%とすると11億円となる。1歳時接種の休業日数を1回接種、2回接種ともに1日、就学時接種の休業日数を0.5日とすると21億円、1歳時接種の際の休業日数を3日、就学時接種の休業日数を1.5日とすると49億円である。

求められたINBから感度分析を行った範囲では、平均的には新制度は政策的に有効である。また、ベースケースでは信頼区間も正のINBをもたらす。つまり今回の改正によって、麻疹に関しては、社会に費用以上の便益がもたらされている。

また、接種費用が安いほど、また接種率が低いほど便益は大きくなる。これは、接種率が高いと接種費用がかさむ反面、患者数を抑制する効果はより限定的になるためである。つまり、1歳時の接種率が高いと、1歳時未接種者が減少するために一次ワクチン不全は増加するが、全体としては感受性者は減少する。つまり就学時の接種によって罹患を予防できる対象はより少なくなるが、一方で接種率が高いと接種にかかる費用は増加する。このために、接種率の向上はINBを低下させる。文献的にも、接種率が高いと2回接種の医療経済学的評価が低下する可能性があることは指摘されている1)。

しかしながら2回とも最も接種率が高いとする想定においても、平均的には11億円のINBをもたらすことは意義深い。他方で、2回接種(新制度)においては接種の期間が2回とも1年間と限定されるために、接種率が低下する可能性は十分に考えられる。したがって、INBが56億円になる可能性もある。

本稿では、風疹における疾病負担や医療経済学的評価は考察していない。風疹の疾病負担を考えるにあたっては、罹患時の負担もさることながら、先天性風疹症候群、またそれを恐れての人工妊娠中絶を評価しなければならず、本稿での範囲を超える。また、麻疹風疹混合ワクチンの費用や副反応に伴う家族看護の機会費用を、麻疹分と風疹分と半分にしたが、その妥当性について、今後検討しなければならない。

また、就学時の接種パターンは1歳時での接種の有無とは無関係に就学時の接種が行われるとした。実際には、1歳時に接種を行った保護者が就学時も積極的に接種すると仮定するのがより現実的であると思われるが、この場合、2回接種による便益は低下し、INBも減少すると推測される。逆に、1歳時での接種を行った保護者は就学時の接種を積極的に行わず、1歳時での接種を行わなかった保護者が就学時に率先して受けるという場合では、便益がより大きいのでINBは大きくなり、本稿での結果は補強されると推測される。

なお、パラメーターの設定等詳細については、高橋謙造、大日康史、麻疹ワクチン2回接種の費用便益分析、平成14年度厚生科学研究費補助金新興・再興感染症研究事業「成人麻疹の実態把握と今後の麻疹対策の方向性に関する研究(主任研究者:高山直秀) 」、288-304、2003にて報告した。

 文 献
1)Beutels PH and Gay NJ, Economic evaluation of options for measles vaccination strategy in a hypothetical Western European country, Epidemiol Infect 130: 273-283, 2003

順天堂大学公衆衛生学教室 高橋謙造
国立感染症研究所感染症情報センター 菅原民枝 大日康史

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