完全治癒し得た破傷風乳児例

(Vol.27 p 123-124:2006年5月号)

はじめに

破傷風は1950年には届出患者数1,915人、死亡者数1,558人で、死亡者数の過半数が15歳未満の小児であった。1953年の破傷風トキソイド導入(任意接種)、さらに1968年の3種混合ワクチン(以後DPTと略す)定期予防接種開始後、破傷風の患者・死亡者数は減少した。1999年4月〜2001年11月に報告された患者(228人)の95%(216人)が35歳以上であり、小児における破傷風患者数は著減している。特に1歳未満の破傷風については1995年の1例が最後であり、また1979年以降1歳未満の破傷風による死亡はその1例のみである。近年、本邦では全く報告のない破傷風乳児例(生後4カ月)を経験したので報告する。

症例:生後4カ月、男児。
主訴:開口障害、哺乳力低下。
妊娠分娩歴:妊娠経過中特に問題なく、在胎40週2日頭位自然分娩、体重3,290gで問題なく出生した。新生児期も問題なく経過した。
家族歴:神経筋疾患、代謝疾患、血族結婚なし。
生活歴:最近外気浴を始めたところで、外出をすることはほとんどなく、外傷の既往はなかった。土いじりなどをすることもなかった。生活用水は水道水であった。
発達歴:乳児健診で異常を指摘されたことはなく、3カ月に頚定を認め、寝返りが可能であった。予防接種はBCGのみで、DPTは未接種であった。
現病歴:2005(平成17)年10月17日頃(生後4カ月時)からあくびができない、21日頃から乳首のくわえ方や指しゃぶりの様子がおかしい、表情が乏しい、寝返りをしないなどに気付かれていたが、自宅にて様子を見ていた。27日に当院を初診し、開口障害・哺乳不良(哺乳量は1日600ml〜800ml程)を認め、やや不機嫌であったが、嘔吐もなく、脱水の所見は見られなかった。WBC 10,100/μl, CRP 0.01mg/dlと炎症反応の上昇もなく、全身状態は保たれていたため、外来経過観察とした。31日(4日後)再診時には1日哺乳量が500ml〜600ml程と哺乳障害が進行し、表情が乏しく、全身の筋硬直が見られたため、精査治療目的で入院した。

入院時身体所見:体重7.5kg、体温36.6℃、心拍数170/分、呼吸数60/分、血液酸素飽和度98〜100%(Room air)。不機嫌であったが、固視・追視はしっかりしており、意識は清明であった。前額部に虫刺症痕を認めたが、明らかな外傷はなかった。舌圧子を用いても開口できず、口腔内は観察できなかった。頚部リンパ節腫脹はなかった。呼吸様式に異常はなく、呼吸音は清明で、心雑音は聴取されなかった。不整脈はなかった。腹部所見は問題なかった。覚醒時には項部硬直を認め、受動的に四肢を動かすと硬直が強く、入眠時に硬直は認めなかった。麻痺はなかった。手はほとんど握りっ放しだった。深部腱反射は正常で、Babinski反射は陰性であった。

入院時検査所見:血液検査では、AST 55IU/l、LDH 339IU/l 、CK 616IU/lと逸脱酵素の軽度上昇を認めたが、WBC 7,700/μl 、CRP 0.01mg/dlと炎症反応の上昇はなく、血液ガス、乳酸・ピルビン酸、アンモニア、アミノ酸分析などの結果も特に異常を認めなかった。また、尿、髄液検査、脳波、頭部CT・MRI検査でも異常は見られなかった。細菌培養は咽頭培養と髄液培養を行ったが、いずれも症状を説明しうるような菌は検出されなかった。

入院後経過:症状から破傷風を強く疑い、入院当日からペニシリンGを体重1kg当たり1日10万単位(18万単位/回、1日4回)静注を開始し、入院翌日に家族の承諾を得た上で、破傷風免疫ヒトグロブリン(以後、TIGと略す) 200単位/kg(1,500単位)を静注した。TIG投与半日後から頚を左右に振るようになったが、依然啼泣に伴う後弓反張・筋硬直は強く、哺乳は全くできなかった。TIG投与2日後には啼泣時の後弓反張が軽減し、下肢の筋硬直は残存したが上肢の改善は良好で、自発運動が増え始めた。TIG投与3日後には、首をしきりに動かすようになり、開口障害もやや軽減、手を口に運ぶようになった。しかし、指しゃぶりまではできず、また乳首をしっかりくわえることができないため哺乳は不可能であった。その後も哺乳障害は続いたが、TIG投与5日後には指しゃぶりをするようになり、開口障害・四肢の筋硬直は日毎に改善した。TIG投与約1週間で笑えるようになり、投与10日後には全身の筋硬直が消失し、経口摂取を再開することができた。経過中、呼吸管理には至らず、発症から約1カ月で完治し退院した。

また、破傷風と診断・治療開始後、保健所に届出を行い、国立感染症研究所にて行政検査が行われた。行政検査では患児血清中の破傷風抗体価の測定と破傷風毒素の検出が行われた。血清中の破傷風抗体価は検出レベル未満であった。また破傷風毒素の検出のため児の血清がマウスの皮下に注射され、マウスの症状と生死を4日間観察された(本症例では血清が少なく中和試験はされなかった)。患児の血清を投与されたマウスは、破傷風に特異的な症状である強直性痙攣を示し、このことから患者血清中に破傷風毒素の存在が確認された。以上より破傷風菌の分離培養はできなかったが、本症例が破傷風であることが検査結果からも確認された。

考察:破傷風の臨床経過は、開口障害が起こるまでの第1期、開口障害発現から痙攣発作出現までの第2期、痙攣発作が始まる第3期、全身性の痙攣がおさまり回復に向かう第4期に分類される。破傷風の初発症状から全身痙攣が起きるまでの時間(onset time)が48時間以内の場合に致命率は50%といわれている。本症例では、外来初診時既に開口障害・哺乳障害が見られており、第2期の状態であった。その後治療開始までに48時間以上経過したが、その間に痙攣は見られず、第3期移行前に診断することができ、ペニシリンGとTIGの投与のみで集中治療を要さずに、約1カ月の経過で完治した。

一方、診断は非常に困難であったが、その原因として(1)破傷風が非常にまれな疾患であること(1歳未満の破傷風は1995年の1例が最後)、(2)外傷の所見・エピソードがなかったことが挙げられる。衛生状況の改善した本邦において破傷風を診療する機会はほぼゼロになった。また、破傷風は汚染された外傷部位から感染することが多いが、約1/4は本症例のように外傷なし、もしくは極めて軽いかすり傷程度のものであるといわれている。また、血液検査・画像検査などでも特異的な所見を示さない。よって本症例において早期診断の手掛かりは臨床経過のみであり、詳細な症状経過の聴取・身体所見のチェックが重要であった。

以上から、開口障害・破傷風顔貌が認められれば、外傷のエピソードにこだわらず破傷風を念頭に診療し、詳細な症状経過の聴取から早期の診断および治療開始が重要である。

茨城西南医療センター病院・小児科 吉松昌司 藤山 聡 加藤啓輔 長谷川 誠
筑波大学附属病院・小児科 室伏 航 斎藤貴志 田中竜太 松井 陽

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