Corynebacterium ulcerans (コリネバクテリウム・ウルセランス:C. ulcerans )は、ジフテリア様の臨床症状を呈する感染症の起因菌であり、家畜から分離されることも多い。一般に牛や羊との接触、または生の乳製品などを摂取することにより感染することが知られている。今回我々はC. ulcerans による頚部リンパ節炎を発症した一例を経験したので報告する。
症例:58歳男性。
主訴:左頚部リンパ節腫脹。
既往歴:特記事項なし。
家族歴:特記事項なし。
生活歴:1カ月前まで犬を飼育していた。
現病歴:2005(平成17)年9月中旬から感冒様症状が出現したため近医を受診した。その際左頚部に腫瘤を触知された。抗菌薬処方にて経過観察とするも、腫瘤の縮小傾向が認められなかったため、精査加療目的にて当院血液内科へ紹介受診となった。
初診時所見:口腔内に明らかな異常所見なし。左頚部に2cm大のリンパ節腫大、左顎下部に3cm大のリンパ節腫大。胸部、腹部に異常所見なし。頚部から骨盤までの造影CTでは、左頚部・顎下部以外に明らかなリンパ節腫大なし。
経過:発熱や疼痛なく、血液所見からも明らかな感染を疑わせる所見が認められなかったことや、リンパ節の縮小傾向が認められないことから、悪性リンパ腫などの腫瘍性疾患を疑い2005(平成17)年11月17日に左頚部リンパ節生検を施行した。生検時の腫脹部は一部にリンパ節腫大を伴うものの周囲は全体に壊死状であった。腫大したリンパ節をホルマリン固定せずに生食ガーゼに浸した状態で回収した。リンパ節を切開したところ、内部は壊死状であったため、この時点で感染症を疑った。無菌的に壊死部分をスワブにて採取し細菌検査を行った。同時にリンパ節の病理組織検査を行った。病理組織検査では採取されたリンパ節内に壊死巣の形成を認め(写真1)、壊死巣辺縁では柵状に配列した類上皮細胞が層状に認められた(写真2)。さらに壊死巣中央にはGram陽性桿菌の集塊が認められた(写真3)。
細菌学的検査としては抗酸菌検査で塗抹、培養陰性であった。一般細菌培養にてグラム陽性桿菌が多数分離され、コリネバクテリウム属である可能性が示唆された。分離菌株はRapID CB plus (アムコ)を用いた同定試験および16S rRNAの塩基配列による系統解析によってC. ulcerans と同定された。さらに、本菌株はPCR法とシークエンス解析によりC. ulcerans が産生するジフテリア毒素(DT)を支配するtox 遺伝子を保有し、細胞培養法によってもDT産生性が確認された。 以上の検査結果から、本症例はDT産生性のC. ulcerans によるリンパ節炎と診断された。治療は2005(平成17)年11月17日からSBT/ABPC 3g/day投与を4日間行ったのち、11月23日からCFPN-PI 300mg/dayを4日間投与した。C. ulcerans によるリンパ節炎が疑われた11月28日からMINO 200mg、12月8日からCAM 400mg、さらに12月26日からLVFX 500mgへ変更し経口投与を行うも、縮小するに至らなかった。2006(平成18)年1月17日からEM 2g/day点滴を開始したところ、徐々にリンパ節腫大は縮小した。4週間の投薬終了後も1カ月以上増大傾向は認められていない。なお、分離菌に対する今回処方したすべての抗菌薬のMICは0.06μg/ml以下で、極めて強い感受性があった。
考察:C. ulcerans を起因菌とする感染症は、国内では2001年に初めて報告されて以来数例の報告があるのみであり、感染原因が明らかとなっていない症例も多い。本患者さんの場合もリンパ節炎発症の1カ月前に病死した飼い犬の世話をしていた、というエピソードはあるものの、感染経路は不明である。通常はジフテリア様症状をきたす感染症として知られ、咽頭痛や呼吸困難などの症状で発症し、咽頭や軟口蓋に膜性浸出物の付着が見られることが多い。咽頭ぬぐい液の培養からC. ulcerans が疑われた場合、PCR法によりジフテリア毒素遺伝子を検出し、Elek試験によりジフテリア毒素の産生が確認されることにより同定される。本症例では初診時の主訴が頚部リンパ節腫脹のみであり、咽頭や口蓋に明らかな異常所見は認められなかったことから、C. ulcerans によるリンパ節炎と診断するのが妥当であると考えられる。今回菌の分離同定に成功した要因として、当初悪性リンパ腫を疑って検体処理を行ったためにすぐにホルマリン固定せず、検体を生で回収できたことが挙げられる。リンパ節腫脹以外には臨床症状が明らかでなく、全身状態も良好であり、患者さんの希望も考慮し、外来での内服治療を試みたがほとんど無効であった。C. ulcerans によるリンパ節炎に対する治療は確立されていないが、本症例では結果的にEM点滴が著効したことから、リンパ節炎などの局所的症状のみであっても、C. ulcerans による感染症と診断された場合は、ジフテリア様症状で発症した場合と同様に、EMなど感受性を有する抗菌薬の経静脈投与が第一選択となる可能性が示唆された。
独立行政法人国立病院機構岡山医療センター
血液内科 朝倉昇司 片山典子 原 嘉孝 角南一貴
耳鼻咽喉科 大上哲生 武田靖志
臨床検査科 實村 信 山鳥一郎
岐阜大学大学院医学研究科病原体制御学分野 大楠清文 江崎孝行
社会保険中央総合病院臨床検査部 大塚喜人
国立感染症研究所細菌第二部 小宮貴子