エジプトで感染したブルセラ症事例

(Vol.27 p 125-126:2006年5月号)

ブルセラ症は感染症法4類疾患に指定されているが、1999年〜2005年までの間に届出られた症例数は3例という、非常にまれな疾患である。またその診断は臨床所見と血清学的診断によることが多いが、今回私たちは血液培養から菌を分離し、生化学的・分子生物学的手法により同定に至った症例を経験したので報告する。

症例:57歳、男性。
既往歴:虫垂炎。
生活歴:喫煙20本/日、アルコール機会飲酒。
現病歴:2004年11月上旬からエジプトへ出張中で、カイロ近郊の都市で橋脚の建設指導にあたっていた。途中、数回の一時帰国あり。2006年2月6日より頭痛・発熱が出現し、連日38℃台の発熱が持続した。最高体温は39.7℃であった。2月9日に現地のクリニックを受診したところ、肝酵素の異常高値が認められ、マラリア・肝炎・腸チフスの検査を受けたがいずれも陰性で、メトロニダゾール・解熱鎮痛剤・シプロフロキサシン(CPFX)の投与を受けた。その後も症状の軽減なく、日本での精査・治療を希望し、2月15日帰国した。成田空港から当院を受診し、そのまま入院となった。入院時身体所見では特記事項なし。入院時検査では軽度のCRP 上昇と肝機能障害を認めるのみであった。当院でのマラリア検査も陰性であった。腹部超音波検査で軽度の肝・脾腫大を認めた。

入院後、すべての内服を中止して経過観察したところ、38℃台の発熱が持続した。発熱時の心拍数は70台と比較的徐脈であった。2月15日〜17日にかけて血液培養5回、便培養3回、尿培養1回を提出した。便3検体のうち2検体からSalmonella sp. O8群が検出された。その時点で血液培養の結果は陰性であったが、臨床所見と便培養の結果を合わせて腸チフス・パラチフス感染症を疑い、2月18日からセフトリアキソン(CTRX)2g/日を開始した。2月21日、2月15日2回目に採取した血液培養検体が培養陽性となった。菌の発育が遅いこと、グラム陰性小球桿菌であるという形態的特徴と、Api20NE同定キットを用いて判定した生化学的性状(オキシダーゼ・カタラーゼテスト陽性、ウレアーゼテスト陽性)からブルセラ菌が疑わしいとの連絡が細菌検査室から入った。すぐに菌株と血清を東京都健康安全研究センターへ送付し、さらなる検査を依頼した。その結果、菌株はPCR法にてBrucella melitensis と同定され、同菌に対する血清凝集反応力価は160倍と陽性であった。ブルセラ菌が疑わしいとの連絡を受け、抗菌薬は2月21日よりCTRXを中止し、ミノマイシン(MINO)200mg/日へ変更した。菌同定後の2月23日からはMINO 200mg/日とリファンピシン(RFP)600mg/日の内服とした。2月25日より解熱し、経過良好であったので2月28日に退院となった。MINO+RFP内服は合計6週間継続する予定である。

ブルセラ症と診断され、改めてエジプトでの生活環境を問診した。勤務地はカイロ近郊の街で、比較的乾燥した土地である。毎週日曜日には路上でマーケットが開催され、そこでは生きた家畜や家禽が取り引きされていたが、患者は日常的にこれらと接触するような状況ではなかった。ヤギやヒツジの乳製品を摂取したことはない。橋脚建設に関連する日本人の施設に入居し、食事は現地の料理人が現地の材料を調達して日本風に調理するとのことであった。同様の症状を発症した仲間はいなかった。

ブルセラ症は世界各地、特に地中海地域、アラビア湾域、インド、中央および南アメリカに分布が見られる人獣共通感染症のひとつである。日本では家畜のブルセラ症は撲滅されており、症例のすべては海外流行地での感染と考えられる。ヒトへの主な感染経路は感染動物(ウシ・ヤギ・ヒツジなどの家畜)との接触、家畜の非加工乳製品の摂取、汚染エアロゾールの吸入、家畜屠場関係者が菌に曝露されることや細菌研究室での汚染事故である。本患者の場合、問診情報からは明らかな感染経路は不明であるが、環境中のブルセラ菌吸入による感染が疑わしい。本患者もそうであったように、ブルセラ症に特異的な症状はなく、38℃以上の発熱が続くため、熱帯感染症(マラリア・腸チフスなど)および不明熱(結核・悪性腫瘍・膠原病など)との鑑別が必要である。本症例ではもっとも疑っていた腸チフスが血液培養で陰性であったため、不明熱として検索を拡大しようと考えていた矢先に細菌検査室から連絡が入り、確定診断に至った。ブルセラ症は非常にまれな疾患ではあるが、海外渡航歴のある発熱患者の鑑別診断に挙げることが肝要と思われる。検査を進めるにあたっては、菌の検出につとめ血液培養を繰り返し提出すること、細菌検査室との連携を密にすること、発育が非常に遅い菌であるので通常の血液培養よりも観察を長くすること(〜4週間)などが必要と考える。

謝辞:菌の同定にご尽力いただいた都立墨東病院細菌検査室・阿知和麻由子技師に深謝いたします。

東京都立墨東病院感染症科 中村(内山)ふくみ 古宮伸洋 大西健児

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