はじめに
Campylobacter fetus は、C. fetus subsp. fetus およびC. fetus subsp. venerealis の2亜種に分類される。そのうち、C. fetus subsp. fetus は、ヒツジやウシ、またヒトの流産菌として古くから知られている。欧米では70歳以上の高齢者での症例報告が多く、疾患別では敗血症が約7割を占めている。一方、本邦では欧米に比べ症例報告数は少ないが、髄膜炎、敗血症、関節炎、下痢症など、多彩な症例報告がみられる病原細菌である。我々は、2001年および2002年にC. fetus subsp. fetus を病巣部位より検出した壊死性筋膜炎および化膿性脊椎炎の2症例を経験したのでその概要を報告する。
症例概要(表1)
症例1:88歳女性(既往歴:虚血性心疾患、腎機能障害)。2001年7月初旬歩行中転倒し、右下腿内側を打撲。その後、下腿の腫脹、発赤、疼痛により7月31日近医受診。腫脹、発赤の増大、発熱により8月2日済生会広島病院を受診。皮膚切開後、壊死部切除。病巣所見(図1)より「壊死性筋膜炎」と診断。壊死部消毒および抗菌薬(CTM、MINO)投与するが、膝および大腿への病巣拡大および全身状態の悪化懸念より、8日大腿切除術を施行。術後経過良好。
細菌培養検査:8月2日提出壊死部の好気培養(羊血液寒天、BTB乳糖加血液寒天)および嫌気培養(羊血液寒天、ブルセラHK寒天)実施。48時間培養後、好気培養平板には菌不発育。嫌気培養平板に微小コロニー発育。染色検鏡によりグラム陰性螺旋状桿菌を確認。コロニーをキャンピロバクター培地(BD)にて微好気培養し、選択培地発育性(+)を認め、分離菌株の確認と患者血清抗体価測定について広島市衛生研究所に依頼があった。
同定:分離菌株の基本性状の確認とAPI-Campyによる同定試験を実施。その結果、25℃発育(+)、ナリジクス酸(R)、セファロチン(S)を示し、APIコード:2400744(C. fetus subsp. fetus 、%id94.4%)を示したが、42℃での発育が認められた。そのため、東京都健康安全研究センター(高橋正樹博士)に同定確認を依頼した結果、種および亜種確認用PCR[Lintonら(1996)およびHumら(1997)]および血清型別試験によりC. fetus subsp. fetus (血清型type A)と同定された。
患者血清抗体価:分離株のホルマリン死菌を用い定量凝集反応(マイクロプレート法)で測定した結果、<10倍(8月2日、8月6日採取血清)および320倍(8月10日、8月16日採取血清)を示し、抗体価上昇が認められた。
症例2:61歳男性(既往歴:膀胱結石、肝機能障害)。2002年3月5日旅行中誘引なく腰痛出現。その後歩行困難となり、3月27日広島鉄道病院整形外科を受診し入院。3月29日MRI診断にて感染性の「脊椎炎」の所見が認められた。4月1日椎間板炎症部位のbiopsyを施行し、採取された膿を細菌検査室に提出した。
細菌培養検査:羊血液寒天、チョコレート寒天、ドリガルスキー改良培地、およびチオグリコレート(TGC)培地に接種。2日培養後、TGC培地に薄い混濁を認める。培養液の染色検鏡によりグラム陰性螺旋状桿菌を認め、分離菌株と患者血清抗体価について広島市衛生研究所に確認依頼がなされた。
同定:分離株の基本性状を当所にて検査後、東京都健安研(高橋正樹博士)に確認を依頼した結果、上記の種および亜種確認用PCRおよび血清型別によりC. fetus subsp. fetus (血清型type B)と同定された。
患者血清抗体価:上記と同様の試験法により320倍(3月27日採取血清)および640倍(4月1日採取血清)の抗体価を示した。
まとめ
本邦ではC. fetus subsp. fetus を原因菌とする症例報告は限られている。その理由として、本菌のヒト病原菌としての認識の低さから、通常の検査対象から外れていることも原因のひとつと考えられる。しかし、以上の2症例のように、高齢者の多彩な重篤疾患に関与することもあることから、今後の高齢化社会において、患者の診断・検査時には念頭に置いておく必要のある病原菌である。また、感染予防の観点からは、本菌の生態や病原性に関してより詳細な知見が必要であり、今後の調査・研究の進展が望まれる。
広島市衛生研究所 石村勝之 松本 勝 吉岡嘉暁
済生会広島病院 樫山誠也
広島鉄道病院 小松原康子