はじめに
B型急性肝炎はB型肝炎ウイルス(HBV)の初感染によっておこる急性炎症性疾患である。感染経路は非経口感染であり主に血液を介して感染するが、精液、膣液などの体液にも分泌され感染源となりえ、性行為感染症として位置付けられる。基本的には一過性感染であり、多くは2〜3カ月の経過をもってウイルスは排除され臨床的治癒に至り、わが国では慢性化は稀であると言われてきた。しかし、欧米では約10%が慢性化すると報告されており、地域によりその臨床経過に違いがあることがわかっている。最近、我々はこの違いがHBV遺伝子型(genotype)の地域差に依存しているのではないかと考え、わが国のB型急性肝炎におけるウイルス学的検討を行った。
1.HBVgenotype(遺伝子型)
HBVはヘパドナウイルスに属する約3,200塩基対の不完全2本鎖DNA であり、core蛋白、polymerase蛋白、HBs蛋白、X蛋白の4つの蛋白をコードしている。一般的にDNAウイルスはRNAウイルスに比較して遺伝子変異が少ないとされているが、このHBVは逆転写過程を持つため、他のDNAウイルスより変異しやすいことが知られている1)。この遺伝子変異を利用し、HBV遺伝子配列の比較を行い、現在HBVはA〜H型までの8つのgenotypeに分類されている。このgenotypeには地域特異性が存在しており、genotype Aは欧米型(HBV/Ae; Europe & USA type)、アジア・アフリカ型(HBV/Aa)に分類され、genotype Bもアジア型(HBV/Ba)、日本型(HBV/Bj)に亜型(subgenotype)分類されている。最近genotype Cも少なくともタイやベトナムなどの東南アジアに多いHBV/Cs(Southeast type)と、日本、韓国、中国といった東アジアに多いHBV/Ce(East type)の少なくとも2つ以上に亜分類できることが報告されている。genotype Dは南ヨーロッパ、エジプト、インドなどに、Eは西アフリカに分布しており、F、Hは主に中南米に、Gはフランス、ドイツ、北米などで報告されている。こうした系統解析により、HBV genotypeの地理的分布の特徴が明らかとなり、HBVの感染経路や起源を探求することが可能となった。これまでに我々は、HBVgenotypeによる臨床像の違いやウイルス学的特徴を検討し、報告している2, 3) 。
2.B型急性肝炎の現状
B型肝炎ウイルスキャリアは母児感染予防措置により減少しており、献血者に占めるHBs抗原陽性者の割合は0.05%と報告されている4)。また、輸血後B型急性肝炎についても各種スクリーニング検査により、その発症は著明に減少した。その結果、散発性B型急性肝炎は徐々に減少していくことが予測されていたが、平成16年度厚生労働科学研究費補助金総括研究報告書によると、2001年以降輸血後B型急性肝炎の報告は認めないものの、1995年以降徐々に増加傾向にあると報告された5)。そこでわが国におけるB型急性肝炎の最近の動向を多施設共同研究により検討した。
3.B型急性肝炎におけるgenotypeの地理的および年代別分布と感染経路
最初に、これまで我々が検討したB型慢性肝炎におけるHBVgenotype分布について述べる。日本全国13施設との共同研究で解析可能であった720例のHBVgenotypeを地域ごとにわけて解析した結果、東北地方、沖縄にはHBV/B が多く見られたが、それ以外の地域ではHBV/Cが大半を占め、全体ではHBV/Bが88例(12%)、HBV/Cが610例(85%)であり、HBV/Aは12例(1.7%)と、ごくわずかであった6)。一方、B型急性肝炎の分布について全国18施設との共同研究を行い、1982年〜2004年までのうち解析可能であった301例で検討を行った。全体ではそれぞれHBV/Aa 10例(3%)、Ae 33例(11%)、Ba 22例(7%)、Bj 22例(7%)、Cs 11例(4%)、Ce 192例(64%)、D 5例(2%)、G 6例(2%:それぞれAe 2例、Ba 2例、Ce 2例と共感染)であった7)。わが国のB型慢性肝炎に多いHBV/Bj、Ceを日本型、他を外国型とすると、それぞれ71%、29%となり、慢性肝炎と比べて外国型の割合が高いことが示された。しかも、外国型の中でもHBV/Aeの割合が11%と高い結果であった。HBV/Ceは韓国や中国にも存在しており、実際の外国型は3割以上であると推測される。さらに、関東・東海・近畿といった都市部(n=114)とその他の地方(n=187)に分けてHBVgenotypeの分布を検討してみると、都市部では外国型の割合が42%と、地方(22%)に比べて有意に高率であった(図1、p <0.001)。特に、HBV/Aeの割合は都市部で23%と顕著であった。要因として都市部では異人種間交流の機会が多く、性風俗業も盛んなため感染する機会が多いことが考えられるが、近年の性の多様化もあり、今後地方にも広がっていくことが予想される。
次にB型急性肝炎におけるHBVgenotypeの年代別の推移を図2に示す。どの年代においてもB型急性肝炎においては2〜3割は外国型であることがわかる。中でも特徴的なのは1995年までは稀であったHBV/Aeの割合が近年増加していることである。一方、HBVgenotype別の感染ルートを可能な範囲で問診により調査を行ってみると、いずれも性行為による感染が主体であったが、HBV/BやCでは同性間性交渉による感染を認めず、HBV/Aでは10〜15%が同性間性交渉による感染であった。これらの結果は従来の報告と同様であり8)、わが国におけるB型急性肝炎の特徴をまとめると、(1)慢性肝炎と比べ外国型の割合が高く、特にHBV/Aeが多い。(2)HBV/Aeが近年増加傾向で特に都市部でその傾向を認める。(3)同性間性交渉による感染がHBV/Aeに多いことがわかる。
4.HBV genotype別の臨床経過の違い
1)genotype別の慢性化率
先に述べたように、B型急性肝炎は地域によってその慢性化率に違いがあり、その違いはgenotypeの地域差と深く関わっているのではないかと推測されていた。最近、わが国においても急性肝炎の慢性化例の報告が散見され、そのgenotypeがA型であることが報告されている9)。先の301例を検討してみると、全体での慢性化は3例(1.2%)のみであり、わが国においては全体として慢性化は稀であるといえる。しかし、genotypeごとの慢性化率を見てみると、HBV/Aeが最も高く、ラミブジン投与例を除くと8.7%の慢性化率となった7)。Suzukiらの報告でもB型急性肝炎のHBV/Aにおいては23%と非常に高率に慢性化しており、HBV/Aは他のgenotypeに比べ慢性化しやすいといえる10) 。B型急性肝炎が増加傾向にあること、特にHBV/Aeが増加傾向であり、今後HBV/Aeのキャリアが増加することが危惧される。
2)genotype別の劇症化率
B型急性肝炎の中で一部の症例は重症肝炎、劇症肝炎に至る。重症化、劇症化については、HBe 抗原陰性患者からの感染でその傾向が強いことが従来より報告されている11,12)。我々の解析結果からHBV/Aeは1例も劇症化を認めないのに対し、HBV/Bjでは非常に高率に劇症化を認め、genotypeにより大きな差があることがわかった。劇症化に寄与する因子として、HBV/Bj、HBe抗原陰性、さらにコアプロモーター領域のnt1762のAからT、nt1764のGからAとなる二重変異、プレコア領域のnt1896のGからAへの変異が有意な因子であった7)。コアプロモーター領域の二重変異が起こると、転写因子の結合能が変化し、複製が亢進する。また、プレコア領域のnt1896がGからAに変異することによってプレコアmRNAの28番目のコドンが停止コドンとなりHBe 抗原の産生ができなくなるが、複製に寄与するε構造が安定化するため、複製は亢進する。劇症化の機序として、こうしたプレコア変異やコアプロモーター変異による複製の亢進したウイルスの感染がウイルス側の要因の一つと考えられる。
最後に
B型急性肝炎は慢性肝炎と同様HBVgenotypeによってその臨床経過に大きな違いがあることが示された。genotypeによる特異的変異が関与している可能性が高く、今後生体側の因子も含めてさらに基礎的、臨床的検討を行っていく必要がある。
文 献
1) Orito E, et al., Proc Natl Acad Sci USA 86: 7059-7062, 1989
2) Sugauchi F, et al., Gastroenterology 124: 925-932, 2003
3) Tanaka Y, et al., Hepatology 40: 747-755, 2004
4)厚生科学研究費補助金(新興・再興感染症研究事業) C型肝炎の自然経過及び介入による影響等の評価を含む疫学的研究,分担研究報告書(平成13年度), pp62-68
5)厚生労働科学研究費補助金[肝炎等克服緊急対策研究事業(肝炎分野)]肝炎ウイルス等の標準的治療困難例に対する治療法の確立に関する研究,総括研究報告書(平成16年度), pp16-22
6) Orito E, et al., Hepatology 34: 590-594, 2001
7) Ozasa A, et al., Hepatology 44(2): 326-334, 2006
8) Yotsuyanagi H, et al., J Med Virol 77: 39-46, 2005
9) Kobayashi M, et al., J Med Virol 68: 522-528, 2002
10) Suzuki Y, et al., J Med Virol 76: 33-39, 2005
11) Omata M, et al., N Engl J Med 324: 1699-1704, 1991
12) Sato S, et al., Ann Intern Med 122: 241-248, 1995
名古屋市立大学大学院医学研究科 臨床分子情報医学講座 田中靖人 溝上雅史