B型肝炎ウイルス感染の血清学的診断法−HBs抗原検査薬

(Vol.27 p 221-222:2006年9月号)

はじめに

わが国では、母子感染や性感染を主な感染経路として、全人口の約1〜2%がB型肝炎ウイルス(HBV)のキャリアであると推定され、B型肝炎は国民病とも呼ばれている。したがって、HBV感染の迅速かつ正確な診断は、医療および公衆衛生上非常に重要な課題である。HBV感染の一次スクリーニング法としてHBV外被抗原(HBs抗原)の検出が広く用いられている。2001年の時点で、このようなHBs抗原検出を目的とした体外診断用医薬品(HBs抗原検査薬)は約40種類が販売されていた。しかし、それらキットの性能(検出感度および特異性)を、厚生労働省医薬食品局審査管理課の要請により、国立感染研体外診断薬委員会において再点検した結果、いくつかのキットは市場より撤退するに至った1, 2) 。現在国内で販売/使用されているキットは表1に示すとおりである。以下これらのキットについて、測定原理、使用状況を示し、最後にHBs抗原検査薬の今後の方向性について概説する。

HBs抗原検査薬の現状

表1に示すように、現在国内では27種類のHBs抗原検査薬が承認を受けて販売されている。測定原理としては、「凝集法」、「イムノクロマト法」、「EIA ( Enzyme Immuno Assay)/CLIA (Chemiluminescent Immuno Assay) /CLEIA (Chemiluminescent Enzyme Immuno Assay)」に大別される。国内の医療機関で使用している各キットの頻度は、それぞれ約10%、40%、50%とみられる。これらの検査薬は測定原理によりHBs抗原検出感度が異なることから、検査目的(スクリーニングか、あるいは緊急測定か、など)に適した試薬を選択して使用することが必要である(臨床検査薬協会発行「HBs抗原検出試薬の適正使用について」)。また、HBV感染の診断は、HBs抗原検査薬の結果のみでなく、HBc抗体測定、HBV遺伝子検出などの検査結果および臨床経過を考慮して総合的判断に基づき行うべきである(この文章は、性能再点検実施以降、各HBs抗原検査薬の添付文書に記載されている)。

各測定原理の概要

1.凝集法:担体(赤血球、ラテックスビーズなど)に抗HBs抗体を結合させ、検体(HBs抗原)と反応して生じる凝集像により判定する。

2.イムノクロマト法:メンブレンフィルター上を移動する検体(HBs抗原)が抗HBs抗体結合金コロイドと結合し、その複合体がさらに移動してフィルター上に固定された抗HBs抗体に捕捉されて生じるバンドにより判定する。

3.EIA法:検体(HBs抗原)と抗HBs抗体との結合で生じる複合体に酵素標識抗体を結合させた後、基質を添加して発色させ、その吸光度により判定する。化学発光基質を用いる場合をCLEIA法と呼ぶ。

4.CLIA法:固相化した抗HBs抗体に検体(HBs抗原)を結合させた後、アクリジニウム標識コンジュゲートを加え、専用機器により発光量を測定する。

一般に、CLIA/CLEIA 法>EIA 法>イムノクロマト法/凝集法の順で、HBs抗原最小検出感度が低下する(表1参照)。

これからのHBs抗原検査薬

HBs抗原をコードするHBVには、その遺伝子配列から、現在までに全世界で8種類(A〜H)のgenotype(遺伝子型)が存在することが報告されている。そしてこのようなgenotypeの違いにより肝炎病態、および抗ウイルス薬剤への反応性が異なる可能性が指摘されている。現在日本国内で検出されるHBV genotypeは、Cが約70%、Bが約30%であり、ほとんどがこれら両者に由来しているが、頻度は低いながらgenotype AのHBVも検出される。本来このgenotype Aは、アフリカ、北米、南米、ヨーロッパ諸国に多くみられる遺伝子型であるが、近年このgenotype AのHBV感染が、特に都市部の急性肝炎患者で増加傾向にあり、また予後の経過が悪いことからもその感染拡大が懸念されている。現在日本国内で販売されているHBs抗原検出キット(表1)が、genotype Aを含むすべてのHBV genotypeによりコードされるHBs抗原をもれなく検出できるかについてはこれまで検討がなされていなかったが、筆者らの調査により、少なくとも高感度(EIA /CLIA/CLEIA)キットにおいては、すべてのgenotype由来のHBs抗原をもれなく検出できることが示された3)。

もう一つの問題として、ミュータントHBs抗原の存在が挙げられる。HBVはその複製過程において逆転写が行われるためにミュータントの出現頻度が高いことが知られている。ある特定部位のアミノ酸変異により、キットで使用している抗体(特にモノクローナル抗体)が認識できなくなる可能性がある。したがって、キットによっては特定のミュータントHBs抗原を検出できなくなる可能性が危惧されている。国内におけるミュータントの出現頻度については現在データが得られていないが、今後のHBs抗原検査薬の性能評価においては、上述のgenotypeと同様に考慮される必要があるかもしれない。

さらに、HBs抗原濃度の表記法についての問題点を指摘したい。再度表1を見ると明らかなように、これらキットの添付文書で表記されているHBs抗原の最少検出感度は、"IU" (International Unit)と"ng"、さらには各社独自の"Unit"などが混在しているのが現状であり、検査現場での判定に混乱を招く懸念がある。これまで"ng"での表記は、各施設での抗原精製方法が異なることから、信頼性に欠ける恐れが指摘されていた。さらにWHOのWorking Groupの検討により、以前考えられていたようなIU表記とng表記との相関が1:1ではないことが明らかになった現在では、各キットの最少検出感度を「IU表記」へと統一することが必要と考えられる。この問題を解決するために、HBs抗原国内標準感度パネルを作製し、各キットの製造/輸入業者に配付してその測定結果をキットの添付文書に反映させることを計画しており、臨床検査薬協会での説明会を経て、現在は審査管理課の判断を仰いでいる状況である。

おわりに:献血血液におけるHBV感染の検出

HBVは増殖速度が低いことから、いわゆる「ウインドウ期」が長く、HCVやHIVに比較すると、まだまだ献血血液中のウイルス感染を見逃す可能性が高い。日本赤十字血液センターでは、これまで凝集法(RPHA)をHBV感染検出のためのスクリーニングに用いていたが、今後はCLIA法へと移行する予定になっている。さらにHBV NAT遺伝子検出)の感度を上昇させることも視野に入れられている。このような取り組みにより、HBV感染の検出効率がさらに上昇することを期待したい。

 文 献
1) Committee for Evaluation of In Vitro Diagnostic Devices, Jpn J Infect Dis 54:201-207, 2001
2)厚生労働省安全性情報(医薬品・医療器具等安全性情報170号)「B型肝炎ウイルスS抗原の検出を目的とする体外診断用医薬品の適正使用について」平成13年9月
3) Mizuochi T, et al., J Virological Methods 136: 254-256, 2006

国立感染症研究所血液・安全性研究部第2室 水落利明

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