わが国の輸血用血液は1960年代半ばまでそのほとんどが売血によりまかなわれていた。その売血時代には輸血を受けた患者の約半数が輸血後肝炎を発症していたと報告されているが、その後の献血制度への切り替え、新たな検査の導入や献血前の問診の強化などにより輸血用血液の安全性は飛躍的に高まっていった。特にB型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に対する核酸増幅検査(NAT)が導入された1999年以降は、輸血によるこれらのウイルス感染の報告は大きく減少した。このようにして現在、わが国の輸血用血液の安全性は世界のトップレベルとなっている。本稿ではかつて「日本の国民病」とまでいわれたB型肝炎に的を絞り、輸血用血液スクリーニング検査におけるHBV陽性率の推移と、HBV-NATで見出された感染初期例のHBV遺伝子型の出現頻度の変動について述べ、HBV感染の現状を考察したい。
HBs抗原検査は1972年に導入され当初は免疫電気泳動法により行われていたが、1978年に血球凝集法に変更された。また輸血用血液のさらなる安全性向上のため1989年末にはHBc抗体検査を新たに導入した。表1に1985年〜2005年までの全国のHBs抗原陽性率とHBc抗体陽性率を示す。HBs抗原陽性率は1988年以降ほぼ直線的に減少し、2005年には0.05%にまで低下している。HBs抗原検査で陽性となった献血者へは医療機関への受診を勧めるとともに、安全な血液供給のために以降の献血を辞退していただく旨の通知をしている。一方、HBc抗体陽性率は幾度かの陽性基準変更後、2003年4月から通知を開始している。
B型肝炎の撲滅を目指して、1985年から一部の医療機関で、1986年からは全国の医療機関で「B型肝炎ウイルスの母子感染防止対策事業」が開始された。この事業の効果を確認するため1995年から茨城県、栃木県、東京都、神奈川県および福岡県の1都4県で、16歳初回献血者のHBs抗原陽性率の調査を継続している。初回献血者は通知による選択を受けないため、その陽性率は地域住民の陽性率を反映すると考えられている。上記の地域における16歳初回献血者のHBs抗原陽性率は、1995年から直線的に低下し、2003年にはゼロとなった(図1)。2004年には若干の陽性例が認められたが、この年の陽性者はすべて水平感染であることが確認されており、2003年〜2005年までの3年間に16歳初回献血者でHBVキャリアは確認されていない。2002年の16歳はすべて事業開始後に出生した児であるが、陽性例はキャリアであるか否かの確認が取れていない。以上、限られた地域ではあるが「B型肝炎ウイルスの母子感染防止対策事業」の効果が改めて確認されている。
日本におけるHBVキャリアは遺伝子型Cが最も多く85%を占め、次いで遺伝子型Bが12%、欧米型の遺伝子型AおよびDはそれぞれ1.7%、0.4%で、その他の遺伝子型は検出されなかったと報告されている。一方、最近の急性B型肝炎例のHBV遺伝子型出現頻度は、キャリア例と大きく異なることが医療機関から報告されている。NATスクリーニングは血清学検査陰性検体のみを対象として行っているため、NATで検出される例はほとんどが感染初期例である。これらの例からHBc抗体陽性のキャリアを排除し、感染初期例のみのHBV遺伝子型出現頻度を調べると、NAT導入直後の2000年の出現頻度はキャリア例の頻度とほぼ同等であった(図2)。しかし、その後は遺伝子型Aの頻度が年々増加し、その分だけ遺伝子型Cが減少していた。急性B型肝炎の感染経路はほとんどが性的接触によるといわれている。また遺伝子型Aは免疫抑制状態でない成人への感染でも約10%がキャリア化するといわれており、欧米型HBVが日本に根付きつつあることが推察される。NATスクリーニングで検出された遺伝子型Aのほぼ全例が男性であるのも興味深い。
東京都西赤十字血液センター 内田茂治