2006年4月より茨城県から千葉県にかけて麻しんが流行し、継続的な患者発生が確認されている。千葉市内においても小学校、高校、および大学での集団感染が認められ、小学校の集団事例、および散発事例から合計7株の麻疹ウイルスを検出したのでその概要について報告する。
本年4月上旬、市内の学校から麻しんの集団感染が認められる旨の情報提供が千葉市保健所にあった。保健所が管内における発生状況等を調査したところ、A大学、B高校、C高校、およびD小学校において集団感染が確認された。患者発生は、A大学で4月上旬 〜5月上旬、B高校で5月上旬〜6月中旬、C高校で6月上旬〜6月下旬、およびD小学校で5月上旬〜7月中旬まで継続した。各学校の患者数、およびワクチン接種状況を表1に示した。なお、本年7月14日現在で市内の麻しん患者数は集団感染事例と散発事例を合わせて144名となった。
このような状況から当所では、5月〜6月にかけて市内医療機関において採取された患者の咽頭ぬぐい液7検体(D小学校の集団感染例4名、および散発例3名)についてB95a細胞によるウイルス分離とRT-PCRを実施したところ、分離培養では2検体から麻疹ウイルスが分離され、RT-PCRでは7検体すべてから麻疹ウイルス遺伝子が検出されたが、そのうちの5検体が2006年以前の麻しんワクチン接種者であった(表2)。
ダイレクトシークエンスによりPCR産物の塩基配列(N遺伝子3’末端領域456bp)を決定し、そのうちの385bp(position:1301-1685)についてNJ法による分子系統樹解析を行った。その結果、D小学校の集団感染例4株は日本固有の遺伝子型D5に分類(Bangkok.THA/93/1と同一のクラスター)され、その配列はすべて一致した。一方、散発例3株は中国と韓国に固有の遺伝子型H1に分類(Hunan.CHN/93/7と同一のクラスター)され、その配列もすべて一致した。また、N遺伝子3’末端領域(456bp)を用いたBLAST2 searchの結果、遺伝子型D5に分類された株はMVi/Queensland.AU/37.03と100%の相同性を有し、遺伝子型H1に分類された株はMVs/Taipei.TWN/11.93と100%の相同性、国内で分離されている株ではMVi/Tokyo.JPN/20.00(S)と最も高い相同性(99.0%)を有していた。
千葉市で検出された麻疹ウイルスの遺伝子型は、2001年がD5型、2002年と2003年はH1型が主流行株であった。本年は集団感染例からD5型、散発事例からH1型が検出されているが、今後もウイルス分離を含めた野外麻疹ウイルス株の遺伝子型の解析は公衆衛生学上重要であることから、その動向に注目したい。なお、散発例から検出された麻疹ウイルスH1型の3株のうち1株(症例5)は明らかに中国(北京)滞在中に感染したものであり、他の2株(症例6と7)は海外渡航歴がなく国内での感染であったが、これら3株の配列(N遺伝子3’末端領域456bp)が同一であったことから、現在もなお中国や韓国の流行株であるH1型が日本に持ち込まれ、伝播している可能性が強く示唆された。
今回の地域流行によって、大学、高校、および小学校の年代に感受性者が多数存在することが推測されたものの、市内の感染症発生動向調査定点から最初に患者数が報告されたのは、第20週(定点当たり患者数0.06人)であった。その後、定点あたり患者数は0.06人〜0.13人の間で推移し、明らかな集団発生は確認されていなかった。しかしながら、学校からの情報提供により開始した今回の流行調査において、100名以上の患者が発生していることが明らかとなり、学校における集団感染事例も確認された。このことは、定点医療機関からの報告による発生動向調査(定点観測)のみでは、患者の発生状況を正確に把握できないばかりか流行を見逃し、迅速な対応策を講ずることができない可能性を示しており、今後の監視方法を検討する必要性を示唆するものであると考えられた。
千葉市環境保健研究所医科学課
横井 一 佐野亜木 秋元 徹 三井良雄 小笠原義博 池上 宏
千葉市保健所感染症対策課
東條稔子 田村光三 川野辺栄喜 沖 実