2003(平成15)年11月〜12月にかけ、埼玉県内の特殊公衆浴場(以下、「施設I」という)において、当該施設の仮眠室を繰り返し利用し、事実上長期に宿泊している人(以下、「常宿者」という)から4人の結核患者(患者9、患者11、患者12、患者13)が相次いで発生した。
4人の患者のうち3人(患者11、患者12、患者13)は、施設Iの近隣の工場(以下「X工場」)で日雇いアルバイトをしていた。
調査の結果、施設Iには、当時約130人(男 100人/女30人)の常宿者が存在し、その多くが、3人の患者と同様にX工場で日雇いアルバイトをしていることが判明した。
そこで、保健所は、施設IとX工場における結核集団感染を疑い、定期外集団健診を含む積極的疫学調査を実施した。
積極的疫学調査においては、従来の疫学調査手法に加えて、クォンティフェロン第2世代(QFT)を用いて感染者を把握するとともに、患者の菌株についてRFLP分析を実施した。なお、QFT検査は結核研究所に、RFLP分析は埼玉県衛生研究所に依頼した。
その結果、以下のような知見を得た。
1.「常宿者」等の結核既感染率(QFTより)(図1)
(1)「常宿者」、(2)「一般利用者」、(3)頻回に仮眠室に出入りし、「常宿者」と接触がある従業員(以下「従業員(接触有)」)、(4)その他の従業員(以下「従業員(接触無)」)に対してQFT検査を実施し、その結果を50歳未満の者について分析した。結果は、図1のとおりである。
また、男性「常宿者」、「従業員(接触有)」の陽性率は年齢に対して予測される推定既感染率よりも高い傾向にあることが認められた。
このように、「常宿者」や「従業員(接触有)」は、仮眠室において「常宿者患者」と濃厚に接触したことによって高率に結核に感染したものと考えられた。
当保健所が、今回の事例の追跡調査および関連調査として回収できた11菌株についてRFLP分析を実施した。
その結果、A・B・C・D・Fの5パターンに分類され、A・B・Cの3パターンにおいては複数患者との一致がみられた。
<パターンA>患者6・患者9:患者6は施設Iの頻回利用者、患者9は常宿者である。施設IIおよびX工場への出入りはなく、施設I内での感染と考えられる。
<パターンB>患者11・患者12・患者17・患者21:患者11・患者12はX工場でアルバイトをしながら施設Iに常宿していた。患者12と患者17は同ライン、患者21は同フロアで勤務していた。
なお、患者11と患者12はX工場内での接触はなく、施設I内で2週間程度の接触がある。症状持続期間が10カ月の患者12が、施設I内で患者11に感染させたか、過去において患者11・患者12に感染させた第三者がいた可能性がある。
患者17は、患者11・患者12の発生直前に退職し、連絡がとれなくなったため、接触者健診の対象からもれていた。患者17・患者21は、特殊公衆浴場利用歴はない。従って、X工場内での感染と考えられる。
<パターンC>患者8・患者16・患者22:患者8は施設IおよびIIに常宿。患者16は施設IIに6日間滞在していた。患者22は一般利用者である。
このことから、ハイリスクである常宿者の結核が、一般利用者に感染したことが考えられる。
まとめ
積極的疫学調査の結果は、QFT検査から特殊公衆浴場仮眠室が結核の高蔓延地帯となっている可能性を示し、RFLP分析からは特殊公衆浴場仮眠室における常宿者間の感染、常宿者患者からアルバイト先工場従業員への感染、特殊公衆浴場一般利用者への感染など、複数の感染ルートが存在することが判明した。
なお、今回の結核患者の多発は、当初から同一菌株からの患者発生(集団感染)と複数菌株からの患者発生(同時多発)のいずれの可能性も考えられたが、積極的疫学調査の結果は「(集団感染の定義を満たさない)小規模な集団感染の同時多発」ともいえる事例であり、時間の経過とともに、一部の小規模な集団感染は結核集団感染の定義を満たしていくことが予測された。
埼玉県熊谷保健所長
(前)埼玉県川口保健所長 木野田昌彦