コレラは輸入感染症として重要であるが、日本国内で感染することもある。以前に比べ国内で感染したコレラ患者数は減少しており、日本国内で感染するコレラに対する医療従事者の関心は低下しているように思われる。今回、路上生活者という社会的弱者のコレラを経験した。医療や公衆衛生関連の業務に従事する人々に対して日本国内で感染・発症するコレラ事例が依然として存在することに注意を喚起するため報告することにした。
症例1:45歳、日本人男性、路上生活者。
2001年6月29日頃から下腹部の不快感があり、6月30日から1日4〜5回の水様便、嘔吐、腹痛が出現した。脱水のため7月1日にA病院へ入院した。7月2日の血液検査はWBC 18,000/ul、RBC 556×104/ul、Hb 18.1g/dl、Ht 54.4%、TP 9.9g/dl、BUN 33.8mg/ dl、CRN 4.2mg/dl、CPK 1,105U/l、CRP 11.1mg/dlであり、補液治療を受けた。7月3日の便からVibrio cholerae O1 El Tor Inabaが検出されたことから、7月7日に都立墨東病院へ転院した。後日、上記V. cholerae はコレラ毒素産生能を有していることが確認された。経過は順調で7月14日に退院した。海外旅行歴はない。
症例2:59歳、日本人男性、路上生活者。
2001年7月1日から水様便、悪心、嘔吐、上腹部痛、全身倦怠感があり、脱水のため、7月4日にB病院へ入院した。排便回数は1日5〜10回で、血便はなかった。7月5日に採取した便からV. cholerae O1 El Tor Inabaが検出され、コレラ毒素産生能を有していることが確認されたことから、7月9日に都立墨東病院へ転院した。経過は順調で7月17日に退院した。海外旅行歴はない。
症例3:72歳、日本人男性、路上生活者。
2006年6月6日、路上で倒れているところを発見され、C病院に救急車で搬送された。意識レベルJCS III-300、血圧50台、無尿だった。挿管・人工呼吸器管理となった。頻回の下痢のため便培養が行われ、6月12日V. cholerae O1 El Tor Ogawaが検出されたため、横浜市立市民病院に転院となった。コレラ毒素産生能陽性であった。意識レベルはJCS I-3程度、体温36℃、血圧90台、人工呼吸器は離脱されていた。検査結果はWBC 9,470/ul、Hb 12.7g/dl、Plt 18×104 /ul、TP 6.6g/dl、BUN 91.3mg/dl、CRN 11.16mg/dl、CRP 0.7mg/dl。下痢による脱水のため腎前性急性腎不全を併発していた。大量の補液を行ったが、BUN、CRNが上昇したため、上記診断で人工透析を計6回施行した。その後利尿期となり腎機能は回復した。入院時の意識障害は脱水・ショックによるものと推測されたが、全身状態改善後もせん妄が続いた。入院前の状態は不明であるが、現在は認知症を併発、独居は困難と判断され、療養型施設へ転院した。
上記3名の患者は海外旅行歴がなく、国内で感染したと推測される症例である。いずれも路上生活者であった。症例1と2は隅田川周辺に居住し、共同で食事などを行うこともあった。日常の煮炊きをはじめ生活用水は公園の身体障害者用トイレの水を利用しているとのことであった。また、隅田川で採れた亀を数人で調理して食用とすることもあったとのことである。2名ともに感染経路は明らかでないが、このような生活状況が感染と関連したことが推測される。症例3は路上で倒れているところを発見され、人工呼吸器装着、急性腎不全のため人工透析を行う等の治療を受けている間に認知症を併発、発病前の情報収集を行うことができなかったが、生活環境からの感染が疑われる。
上記3名は最初に入院した病院で便の細菌培養検査が行われ、このことがコレラの診断に直結した。もし、便の細菌培養検査が行われていなければ、コレラとは診断されなかったと思われる。日本では下痢患者が受診しても、中等症以上の下痢でなければ「かぜ」あるいは「ウイルス性胃腸炎」と診断され、便の細菌培養検査を行わずに抗菌薬が投与されることが多い。おそらく、便培養が行われないために、見逃されているコレラの症例もあると推測される。コレラは食中毒として発生することがあり、2000〜2004年の間に4件19名の届出がある。輸入食品の占める比率が高いわが国では、輸入食材を通してコレラに感染するリスクがあると考えられる。海外旅行と関連しない下痢患者が受診した際にも、海外渡航者と同様に便の細菌培養を行うことが望ましく、医療関係者は日本国内で感染するコレラが存在することに注意する必要がある。
東京都立墨東病院感染症科 大西健児
横浜市立市民病院感染症部 高橋華子 相楽裕子