モクズガニの老酒漬(酔蟹)を原因とするウェステルマン肺吸虫の集団感染事例に関して報告する。佐賀県の某ホテル内にある中華料理店が、2004年9〜11月に、モクズガニの老酒漬を非加熱で提供し、本事例が発生した。老酒漬は地元産のモクズガニを食材とし、老酒(アルコール分:20%)と醤油を1:3の割合で混ぜた漬け汁(砂糖等で調味)に4、5日間漬け込むという、中華料理を模して調理したものである。同時にシナモクズガニ(いわゆる上海ガニ)も食材として使用されたが、こちらは輸入品であるため、食中毒予防への配慮から、すべて加熱調理して提供されていた。
集団感染発見の契機は、神奈川県の病院に呼吸器症状で入院していた同県内の在住者が、2004年11月にウェステルマン肺吸虫感染と血清診断されたことにある。患者のモクズガニ喫食を知った担当医が、「ウェステルマン肺吸虫による食中毒疑いの患者が入院している。」と、まず神奈川県に連絡し、神奈川県が佐賀県に事例の発見を知らせた。
佐賀県の調査により、当該店においてモクズガニを喫食したことが確認された者は 114名に上った。医療機関受診の結果、肺吸虫の感染者は計4名であることが分かった。上述の患者を含む2名(もう1名は福岡県在住者)は呼吸器症状を呈し、他の2名(福岡県および佐賀県在住者)は血清反応のみ陽性の無症者であった。これら4名は駆虫剤プラジカンテルの投与を受け、抗体価の低下などを指標とし、治癒が判定された。
原因食品のモクズガニは、関係者からの聞き取り調査等の結果、県北西部を流れる玉島川で捕獲されたことが明らかとなった。そこで、69匹を入手して肺吸虫の有無を調べたところ、13匹からメタセルカリアが検出された(寄生率19%)。陽性個体の中には、全身から 167個のメタセルカリアが検出され、このうち 124個が可食部である筋肉に寄生するカニもいた。このメタセルカリアと、試験ネコに感染させて得た成虫の形態を精査し、本事例の原因はウェステルマン肺吸虫(3倍体型)であることを確定した。
肺吸虫の感染源としてモクズガニの老酒漬が重要であることは、従来から中国・台湾で良く知られ、またわが国においてもこれを原因とする集団発生例が報告されてきた2,3)。モクズガニは肺吸虫の感染源(中間宿主)であり、加熱調理してから喫食することが周知されていると思われたが、原因施設である料理店の調理担当者はこれを知らず、今回の事故を発生させた。このような形での肺吸虫症の発生を予防するには、料飲店関係者に対して、モクズガニ(やサワガニ、さらにシナモクズガニ)は十分に加熱して提供するように、改めて徹底した啓発を行う必要がある。
本事例は、ウェステルマン肺吸虫を原因とする食中毒として食品衛生法に基づいて取り扱われ、寄生蠕虫(多細胞の寄生虫)としてはアニサキス以外で初めて食中毒として届け出られた。「飲食に起因する健康被害」を「食中毒」として広くとらえ、健康被害(食中毒)の病因が寄生虫である場合でも、患者(食中毒患者)を診断した医師が食品衛生法に則して届け出る1)ことで、本事例のような食品媒介寄生虫症の発生実態がより正確に把握されるようになり、再発の予防にも役立つものと期待される。
文 献
1)厚生省生活衛生局長(通知), 食品衛生法施行規則の一部を改正する省令の施行等について(平成11年12月28日付・生衛発第1836号), 1999 (http://www1.mhlw.go.jp/topics/syokueihou/tp1228-1_13.html)
2)高橋正規, 肺吸虫症による中毒患者の発生, 平成9年度厚生科学特別研究(新興・再興感染症研究事業)報告書「地衛研の連携による危機的健康被害の予知および対応システムに関する研究(研究代表者:江部高廣)」, 110-112, 1997 (http://www1.iph.pref.osaka.jp/ophl2/upload/253/384kita9syu.html)
3)湯峰克也ら, 日呼吸会誌 41: 186-190, 2003
国立感染症研究所寄生動物部第二室 杉山 広 森嶋康之 荒川京子 川中正憲
佐賀県衛生薬業センター 平野敬之 増本久人 舩津丸貞幸 藤原義行
佐賀県中部家畜保健衛生所 池添博士
佐賀県唐津保健福祉事務所 杉元昌志
佐賀県健康福祉本部生活衛生課 松崎祐己 森田満雄