海外旅行下痢症患者より分離されたCTX-M型β-lactamase産生Shigella sonnei

(Vol.27 p 264-265:2006年10月号)

海外旅行者下痢症事例よりCTX-M型β-lactamase産生Shigella sonnei が国内で初めて分離されたので概要を報告する。

症例の概要:患者は37歳男性で、2006年8月中旬に中国に3日間出張旅行し、帰国3日後より発熱、腹痛、粘血便を伴う下痢が出現し、当院救急外来を受診した。白血球数11,600/μl、CRP 10.0mg/dlで、便培養を行うとともに急性腸炎を疑いfosfomycin(FOM)投与が開始されたが、本人の希望により当日は帰宅した。翌日便よりS. sonnei が検出され、細菌性赤痢の診断により入院となった。入院時体温37.4℃、血圧163/84mmHg、テネスムス(+)で、5日間のFOM継続投与により症状軽快し、第8および10病日の便培養で除菌も確認されたため第11病日に退院となった。患者家族(妻と子供2人)に症状はなく、子供2人の検便でも赤痢菌は検出されなかった。なお、他県在住の同行者にも同様の症状が認められた。

分離株の精査:分離株は赤痢菌診断用免疫血清でD多価に凝集したが、初代分離時よりI相(S型)のコロニー中にII相(R型)への解離が認められた。API20EでS. sonnei (推定確率98.5%)と同定され、また、MicroScan Neg Combo 6.11Jを用いた場合も同菌(推定確率98.6%)と同定された。IMViC試験で運動性(-)、ガス産生(-)、H2S(-)、インドール(-)、オルニチン脱炭酸(±;同定キットで+)、リジン脱炭酸(-)、シモンズのクエン酸塩利用能(-)、フォーゲスプロスカウエル試験(-)が確認され、また二次生化学的性状試験でクリステンセンのクエン酸塩利用能(-)、酢酸塩利用能(-)、粘液酸塩利用能(+)となった。侵入因子遺伝子invE ipaH の検出も確認された。

分離株はペニシリナーゼ産生、セファロスポリナーゼ非産生性で、CLSIの規定する菌種におけるESBLスクリーニング基準薬剤のMICはCTX>128 μg/ml、CAZ、AZT 32μg/ml、CTRX、CPDX>64 μg/mlであった。またCTX、CAZのMICはクラブラン酸の添加により低下した()。なお、I相菌と II相菌との間でβ-ラクタム剤のMICに差は認められなかった。その他の薬剤についてはFOM、chloramphenicol、kanamycin、norfloxacinに感受性、ampicillin、streptomycin、nalidixic acid、sulfamethoxazole/trimethoprim、tetracyclineに耐性を示した。Double-disk synergy testの結果、クラブラン酸によるβ-ラクタマーゼ阻害効果が認められ()、以上の成績からextended-spectrum β-lactamase (ESBL)産生性が示唆された。ESBLの型別の目的で、特異プライマーを用いPCR法にてCTX-M型の各group(CTX-M-1、-2、-9、-8/25)、TEM型、SHV型遺伝子の検索を試みた結果、いずれのプライマーでも増幅産物は検出されなかった。そこでCTX-M型に特異的なuniversal primers1)を合成し検索を試みた結果、予測された520bpの増幅産物が得られ、bla CTX-M保有が確認された。

ESBL産生性が腸内細菌科の種々菌種に拡大しつつあるなか、Shigella 属における報告はまだまれである。1999年以降これまでにCTX-M-2、-3、-14、-15、Toho-1、TEM-15、-17、-19、-20、-52、SHV-2、-11およびPER-2のESBL産生菌が韓国をはじめ5カ国で見出されている2, 3)。わが国ではS. sonnei は2003〜2005年の3年間における赤痢菌検出数の6〜7割を占め、その大部分がアジアよりの輸入事例由来株となっている(IASR 27: 61-63, 2006)。本報も中国よりの輸入事例であったが、我々の知り得る限りShigella 属におけるESBL産生性が確認された国内での初めての症例である。

近年Salmonella 属や腸管出血性大腸菌等消化器系感染症の病原菌においてもESBL産生菌が散見されはじめており、重症例での抗菌薬治療の際に考慮すべき事態となっていることから、今後は、Shigella 属菌においても薬剤耐性の獲得状況に注意を払う必要があると考えられる。

 文 献
1) Pimkin M & Edelstein M, In 15th European Congress of Clinical Microbiology and Infectious Diseases , 2-5 April, Copenhagen, Denmark, 2005
2) Lartigue MF, et al ., Clin Infect Dis 40(7):1069-1070, 2005
3) Kim S, et al ., J Clin Microbiol 42(11): 5264-5269, 2004

浦安市川市民病院検査科石川恵子
内 科宮崎哲朗
船橋市立医療センター検査科長野則之(感染研細菌第二部協力研究員)
国立感染症研究所細菌第二部長野由紀子 荒川宜親
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