日本人症例としてはじめてのHIV-2感染例の同定

(Vol.27 p 343-343:2006年12月号)

2006年(平成18年)6月に、関東地域の病院を喘息発作を主訴として受診し、加療のために入院した70代の男性が、日本人の報告例としてははじめてのHIV-2感染患者であることが確証された。

本症例は、患者の同意を得て行った入院時検査によってHIV抗体陽性(ELISA法)であることが判明した。ウエスタン・ブロット法による確認検査の結果、HIV-1抗体陰性、HIV-2抗体陽性であることが明らかにされた。さらにタイプ特異的な粒子凝集法(PA HIV-1/2、富士レビオ)(注1)およびペプチラブ法(サノフィ-パスツール)(注2)によって(HIV-1抗体陰性)HIV-2抗体陽性であることが裏付けられた。一方、アンプリコア法(ロッシュ)による血漿中HIV-1 RNAの定量検査は陰性(検出限界以下)であった。CD4数は875/μlで有意の低下はみられていない。問診の結果、本症例は、35年前(1971年)に西アフリカ・セネガルで交通事故に遭い、現地病院にて脾摘手術を受けた際に、現地人から輸血を受けた既往歴があることが明らかとなった。なお本症例は過去に献血歴はない。また、本症例にみられた喘息症状とHIV感染との間には特に因果関係はないと考えられる。

さらに、HIV-1およびHIV-2それぞれに特異的なgag およびnef -LTR領域を標的とするプライマーをもちいたPCRによる遺伝子検査の結果、HIV-2特異的gag プライマーでのみプロウイルスDNAの増幅が確認された。血漿中HIV-2 RNAは検出限界以下であった。さらにPCR増幅産物から得られた塩基配列の系統樹解析の結果、HIV-2の7つあるサブタイプ(A〜G)の中でも、HIV-2サブタイプAに属すること、中でも、セネガル株(60415K株)に最も近縁であることが明らかになった。これらの知見は35年前にセネガルで受けた外科手術の際の輸血によって感染したことを強く裏付けるものである。

わが国では、これまでに、1992年と2002年(注3)に合わせて2例のHIV-2感染例が報告されている(注4)が、いずれも韓国人感染者である。本症例は日本人症例としてはじめての報告例と考えられる(注5)。

わが国におけるHIV-2症例は極めて稀で、現時点での公衆衛生上の重要性は低いと考えられる。献血血液のスクリーニング法などに変更をもたらすものではない。なお、現行の認可されたHIVスクリーニング検査法はいずれもHIV-1とHIV-2抗体双方の検出が可能である。スクリーニング検査陽性でかつ、HIV-1に対するウエスタン・ブロット陰性、あるいはアンプリコアのようなHIV-1感染に特異的な検査が陰性である場合、HIV-2感染を疑う必要がある。HIV-2感染を確証するための血清学的方法としては、ウエスタン・ブロット法に加えて、上に述べたペプチラブ法とタイプ特異的な粒子凝集(PA)法を用いることができる(注4に掲げた文献参照)。さらにPCRを用いた遺伝子検査が確定診断に用いられる。しかし、HIV-2感染の場合、無症候期の血漿中および末梢血リンパ球のウイルス量は、いずれも極めて低いレベルにあることが多く、PCR法によってもくり返し陰性の結果が得られることがしばしば経験されている。従って、HIV-2感染を確定する上で、抗体検査の結果が唯一の根拠となるケースも少なくないことに留意されたい。

なお、HIV-2感染症の治療の原則は基本的にHIV-1と同様である。ただ、HIV-1逆転写酵素(RT)に特徴的な構造である疎水性ポケットがHIV-2 RTには認められないため、非核酸系逆転写酵素阻害剤に対して自然耐性をもっていることが多い。従って、HIV-2に対するHAART(highly active anti-retroviral treatment、多剤併用療法)においては、非核酸系逆転写酵素阻害剤を避けた薬剤の組合せを用いることが推奨される。

(注1)ゲラチン粒子にそれぞれHIV-1およびHIV-2に由来するタンパク質を別々に吸着させたものを抗原粒子として用いる粒子凝集(particle agglutination、PA)法で、HIV-1、HIV-2感染の鑑別に用いることができる。なお、スクリーニング目的のために用いられるPA法は、HIV-1およびHIV-2抗原の両者を混合して吸着させたゲラチン粒子を凝集反応判定用の抗原粒子として用いるもので、HIV-1およびHIV-2抗体の両者を検出できるように工夫されている。

(注2)HIVタイプ特異的なペプチドを抗原とする免疫クロマトグラフィー法によるHIV-1、HIV-2鑑別のための迅速検査

(注3)厚生労働省健康局疾病対策課から各自治体衛生主管部(局)長への通知書[平成14(2002)年10月24日、健疾発第 1024001号]および日本医師会感染症危機管理対策室長より都道府県感染症危機管理担当理事への通知書および添付文書[平成14(2002)年10月30日、地III 154]

(注4)Kusagawa S et al ., AIDS Res and Human Retroviruses 19 (11): 1045-1049, 2003

(注5)1993年前後に、HIV-1感染血友病患者300例の中に、HIV-1とHIV-2共感染例が学会報告(日本エイズ学会、日本輸血学会など)されているが、これはHIV-1との血清学的交差反応の疑いがある。PCRによる特異的な遺伝子増幅も確認されたと報告されているが、増幅産物の塩基配列データが得られておらず、また他のグループによって追認されていないことから、おそらく誤りと考えられる。

聖隷横浜病院呼吸器科 永川博義 内海孝信
国立感染症研究所エイズ研究センター 草川 茂 武部 豊

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