糞便よりエンテロウイルス71型,アデノウイルス3型が検出された急性脳炎の一例

(Vol.27 p 338-339:2006年12月号)

患者は4歳の男児、既往歴、家族歴に特記すべきことはない。現病歴は2006年8月27日から咳嗽があり、31日朝から38℃台の発熱と頭痛を認めた。同日17時頃からふらつきのため歩けず、その後、意識障害を認めたため救急外来を受診した。

1.入院時現症

体温38.2℃、血圧 98/40mmHg、心拍 140/分、呼吸数32/分、顔色不良、傾眠傾向で意識レベルはJapan Coma Scale (JCS) II-20、眼球結膜:黄疸なし、充血なし、咽頭:発赤あり、扁桃腫大なし、頸部:リンパ節腫脹なし、胸部:呼吸音清・ラッセル音なし、心音整・雑音なし、腹部:腸蠕動正常、平坦・軟、肝腫大なし、四肢:腱反射異常なし、麻痺なし、浮腫なし、皮膚水疱なし、その他皮疹なし、髄膜刺激徴候なし。

2.各種検査所見

血液検査:WBC 10,000/μl、 Hb 13.3g/dl、 Plt 18.4×104/μl 、TP 7.6g/dl、 Alb 4.5g/dl、 CK 94IU/l、 AST 30IU/l、 ALT 19IU/l、 LDH 255IU/l、 Cr 0.24mg/dl、 BUN 10.2mg/dl、Na 137mEq/l、 K 3.9mEq/l、 Cl 105mEq/l、 Ca 10.7mg/dl、T-Bil 0.6mg/dl、 CRP 0.31mg/dl、 PT(%) 12.3%、 Fibrinogen 455.5mg/dl、 D-dimer <0.50μg/dl、pH 7.352,、pCO2 40.4mmHg、pO2 47.5mmHg、 HCO3 21.8mmol/l、 BE -3.0mmol/l 。

髄液検査:細胞数21/3(単核球10、多核球11)、 蛋白 15mg/dl、 糖 62mg/dl、 Cl 119mEq/l。

頭部CT:脳浮腫、出血を含め異常所見なし。

ウイルス検査:入院当日に採取した髄液および2日目に採取した糞便を感染症発生動向調査のウイルス分離用検体として、京都市衛生公害研究所に検査依頼した。各検体を培養細胞FL、RD-18S、Vero、MDCK細胞および1〜2日齢の ddY系ほ乳マウスに接種した。

糞便検体を接種したRD-18S、Vero で2代目培養3日目にエンテロ様CPE(細胞変性効果)が認められた。各培養上清を継代し、3代目継代培養上清で国立感染症研究所分与のエンテロウイルス71型(EV71)単味抗血清(標準株BrCr)20単位を用いた中和法により容易にEV71と同定できた。また、RD-18S、Veroの各培養上清はRT-PCR法によるエンテロウイルスVP4領域の遺伝子解析でもEV71と同定できた。

さらに、FLでも2代目培養7日目にアデノウイルス様CPEが認められ、3代目継代培養上清でデンカ生研単味抗血清を用いた中和法によりアデノウイルス3型(Ad3)と同定できた。

糞便からはEV71とAd3が重複して検出されたが、髄液からはウイルスは検出されなかった。

3.入院後経過

血液検査や頭部CTでは、意識障害の原因となるような異常所見はみられず、髄液細胞数の軽度増加を認めたことより、脳炎と診断した。グリセリン点滴を開始し、入院翌日にはいったん意識レベルの改善がみられた。しかしその後、母親の姿が二重に見えると訴え、日中のことを全く覚えていないという記憶障害がみられるなど、意識レベルの変動を認めた。痙攣や麻痺は認めなかった。

入院後も39℃台の発熱が持続していたが、9月2日より解熱し、意識障害も消失した。全身状態良好であったため4日に退院となった。

4.考察

本症例では手足口病の症状が見られず、発熱と意識障害で発症した。軽症の脳炎で経過も良好であったが、EV71による脳炎は重症化することもあり、死亡例が報告されている。1997年にマレーシア、1998年に台湾で、EV71による脳炎および死亡例の多発が報告された。1997年には大阪で死亡例3例が確認され、2000年に兵庫でも脳炎による死亡例が報告されている。特に手足口病の流行期においては、今後もEV71による脳炎の発生動向に注意が必要と考えられる。

京都市立病院小児科
山崎敦子 岡野創造 清水恒広 清水博之 日比喜子 大曽根眞也 天谷英理子
松下浩子 安野哲也 黒田啓史 川勝秀一
京都市衛生公害研究所微生物部門
梅垣康弘 近野真由美 松尾高行 竹上修平

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