研究班からみたわが国におけるマラリア治療

(Vol.28 p 6-7:2007年1月号)

1.研究班の目的と沿革

年間千数百万人の日本人が海外に渡航しており、熱帯・亜熱帯地域でマラリアに罹患し帰国後発症する症例が毎年数十名みられる。したがって、国内においてもマラリアの治療体制を整えておく必要があるが、患者数が収益性に見合うほど多くはないので、国内製薬企業は抗マラリア薬の承認取得に積極的でない。この問題は1980年当時の厚生省薬務局審査課を中心に検討され、マラリアを含む熱帯病・寄生虫症の治療薬(稀少疾病治療薬)を輸入・保管・供給する研究班が同年に発足した。以来、班長、研究班名、保管薬剤の種類は変遷したものの、2004年4月からは厚生労働科学研究費補助金・創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業(2006年からは政策創薬総合研究事業)「熱帯病・寄生虫症に対する稀少疾病治療薬の輸入・保管・治療体制の開発研究」班(班長:宮崎大学・名和行文)がその任にあたっている。

2.抗マラリア薬の輸入・保管・供給

日本で承認されている保険適応のある抗マラリア薬は、経口キニーネ、スルファドキシン/ピリメタミン合剤(商品名ファンシダール)、メフロキンの3剤のみである。重症マラリアでなければ、これらの薬剤で急性期の治療を行うことは一応可能であるが、必ずしも現在の最良の治療とはいえない。例えば、教科書的には熱帯熱マラリア以外のマラリアの治療にはクロロキンを選択するのが一般的であるが1, 2) 、クロロキンは日本では未承認薬である。また、重症でない熱帯熱マラリアの場合は、耐性マラリアの可能性を考慮して作用機序の異なる2種類の抗マラリア薬を併用することが推奨されている。WHOのマラリア治療ガイドライン(2006年)では、マラリア非流行地域からの旅行者の場合は、アトバコン/プログアニル合剤、アーテメター/ルメファントリン合剤、キニーネ+ドキシサイクリンあるいはクリンダマイシンのいずれかによる治療を推奨しており、これも日本では選択できない治療である(前2者は日本未承認薬、最後の組み合わせは承認薬であるが保険適応がない)。さらに、三日熱マラリアと卵形マラリアの再発予防に使用するプリマキン、重症熱帯熱マラリアの治療に必須な注射用キニーネやアーテスネートも日本未承認薬である。このような現状のもと、日本国内においても国際水準のマラリア治療が実施できるように、本研究班ではに示す抗マラリア薬を輸入・保管し、診療体制の確立を図っている。輸入した薬剤は東京大学医科学研究所附属病院が中央保管機関として全薬剤の管理を行い、使用頻度の高い薬剤または緊急性のある薬剤を全国の19の薬剤保管機関が保管し、日本各地の症例の診療にあたっている。保管薬は保管機関において患者に処方することを原則としているので、薬剤が必要な場合は最寄りの保管機関の担当者に連絡されたい(下記の研究班ホームページ参照)。

本研究班の保管薬剤で2003年〜2005年の期間に治療を行ったマラリア患者数をに示すが、ばらつきはあるものの、年間50前後の症例に抗マラリア薬が処方されていることがわかる。マラリアの型別では三日熱マラリアが最も多く、2004年と2005年は全体の2/3以上になっている。わが国の輸入マラリアに占める三日熱マラリアの割合は約半分と考えられるので3)、熱帯熱マラリアは承認薬のメフロキンを用いて治療され、三日熱マラリアは研究班保管のクロロキンおよびプリマキンを用いて治療されている現状を反映しているものと考えられる。薬剤別の処方件数では、非熱帯熱マラリアに使用されるクロロキン、プリマキンが毎年20名前後と、コンスタントに使用されている()。また、中等症〜重症の熱帯熱マラリアに対し、アーテスネート製剤(経口または坐剤)または注射用キニーネが年間数例に投与されている。これらの症例の中には、迅速な治療が行われなければ生命の危険のあった症例も含まれており、本研究班によるマラリア診療体制の維持が患者の救命に貢献しているものと考えられる。前述のWHOガイドラインが非重症熱帯熱マラリアに推奨しているアトバコン/プログアニル合剤(商品名Malarone)およびアーテメター/ルメファントリン合剤(商品名Riamet)を本研究班でも保管しているが、供給実績は少数にとどまっている。これは、既承認薬のメフロキンでも治療可能な疾患に対し、あえて未承認薬を使用することへの抵抗感があるためと推測される。これらの薬剤は、当面はメフロキンが副作用のため内服できない症例や、メフロキン予防失敗例に使用が限定されるものと思われる。

保管薬剤と保管機関の最新情報については、研究班ホームページ(http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/didai/orphan/index.html)をご参照いただきたい。

 文 献
1) Guidelines for the treatment of malaria(WHO, 2006年)
 http://www.who.int/malaria/docs/TreatmentGuidelines2006.pdf
2)寄生虫症薬物治療の手引き(厚生労働科学研究費補助金・創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業「熱帯病・寄生虫症に対する稀少疾病治療薬の輸入・保管・治療体制の開発研究」班、2005年12月第 5.5版)
 http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/didai/orphan/docDL/tebiki5-5.pdf
3) Miura T, et al ., Am J Trop Med Hyg 73: 599-603, 2005

東京大学医科学研究所附属病院感染免疫内科 中村哲也

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