アーテミシニン(artemisinin:qinghaosu 青蒿素)はArtemisia annua (qing hao 青蒿)からの抽出薬剤で、中国の古典的記述には、少なくとも紀元前2世紀からの抗マラリア薬としての利用が認められている。16世紀の薬方によれば、むしろ煎じて飲むよりは水に浸けた生の葉の絞り汁として効果を得ていたようである。驚くべきことに、水の代わりに尿に浸した後、そのまますりつぶしてジュースとして好んで飲用されていた。これは、現在では水にも油にも溶けづらいとわかっているアーテミシニンを、当時無菌的に処方する方法として道理を得ていたと評価される1)。そして、アーテミシニンとその誘導体は、1970年代から中国を中心に、世界中の流行地でマラリア治療薬として使われはじめた。現在では、薬剤耐性マラリアや重症マラリアに著効する併用療法(CT:combination therapy)の基盤薬剤として脚光を浴びている。本稿では、世界に拡散する薬剤耐性マラリアの治療戦略としてのアーテミシニン系薬剤の位置づけを概説する。
1.Artemisinin-based combination therapy (ACT)
アーテミシニン誘導体が併用療法の1薬剤として使用される処方を総称し、fixed-combination therapyとmultiple-drug therapyに分けられる。前者は、同一の錠剤にアーテミシニン誘導体とその他の薬剤が複合してある剤型を用い、後者はそれぞれの薬剤を同時に(ときに連続して)併用する処方である。後者では(特に外来処方などで)適切な投与法が全うされないことが多く、前者の薬剤開発が進められているが、総じて前者の薬剤は高価な物が多い。
ACTは、いまだに有効性を残す数少ない抗マラリア薬をアーテミシニン誘導体と併用することで、それぞれの薬効の相乗効果を高めたり、原虫の耐性獲得の確率を下げることを狙う治療法である。たとえば、単一の薬剤に対する耐性の突然変異は1010回の核分裂に1回の頻度で起きるとされるが、薬効機序の違う2種類のCTに完全に耐性を獲得する原虫が1つ現れるには、1020の分裂回数が必要となる。マラリアの急性期における一人の患者血液中の原虫バイオマスは、およそ109〜1014であることより、2種、3種のCTの有効性が理解される2)。
ACTの特徴は、アーテミシニンの極めて優れた有用性を基盤とする。以下に列挙すると:
1)迅速に原虫バイオマスを低下させる
2)患者症状の消失効果が高い
3)多剤耐性熱帯熱マラリア原虫に有効である
4)生殖母体へ薬効を持ち、薬剤耐性遺伝子の伝播を抑える
5)いまだに、アーテミシニンとその誘導体への明らかな耐性の報告がない
6)副作用の報告が少ない
アーテミシニン誘導体の血中半減期は短いため(数時間程度)、単独療法では7日以上の処方を必要としていたが、半減期の長い薬剤と併用することで短期の治療が可能となった。たとえば、メフロキン(半減期3週間ほど)との併用では3日間で治療が完結できる。また、メコン川流域でのメフロキンとの併用療法は95%の有効性を10年以上も維持し、メフロキン単独のin vitro での感受性も増加しているとの報告さえある3)。
2.合併症のないマラリアでの処方
現在、下記のような処方例が世界で次々と公認されてきており、たくさんの製薬会社が市場を席巻しているが、わが国においては入手が困難どころか、どのアーテミシニン誘導体も薬事法上の認可を得られていない(以下、処方量は体重60kgの成人を標準として記載)。
1)アーテスネート/メフロキン
本併用療法は、東南アジアの多剤耐性熱帯熱マラリア流行地で多年にわたって実績のある処方であり(治癒率100%の報告も多い)4)、現在WHOは以下の処方例を勧めている。
「処方」アーテスネート:240mg/日、3日間
メフロキン:900mg塩基(2日目)、600mg塩基(3日目)
2)ArtequinTM, Mepha社
本薬剤は2剤の複合薬(アーテスネート100mg+メフロキン200mg/錠)で、治癒率は95.4%と報告されるが、副作用は1)に比べて少ない5)。
「処方」2錠/日、3日間
3)ArtekinTM, Holleykin社
本薬剤は2剤の複合薬(ジヒドロアーテミシニン40mg+ピペラキン320mg/錠)で、治癒率は99%と報告される6)。MMV(The Medicines for Malaria Venture)という1999年に設立された非営利機構の参入によって、世界基準の製剤として生まれ変わっている7)。
「処方」3錠/日、3日間
4)AS/AQ, Sanofi-Aventis社
本薬剤は2剤の複合薬(アーテスネート100mg+アモディアキン270mg/錠)で、DNDi (Drugs for Neglected Diseases initiative)がプロデュースした抗マラリア薬である。DNDi は2003年にケニア医学研究所、インド医学研究評議会、オズワルド・クルツ研究所、マレーシア厚生省、パスツール研究所、WHO/TDR 、国境なき医師団などが共同発起して設立した非営利型医薬開発企業である。熱帯地での治療費が1米ドル以下を目指した合剤として注目される。
「処方」2錠/日、3日間
5)CoartemTM /RiametTM, Novartis社
本薬剤は2剤の複合薬(アーテメター20mg+ルメファントリン120mg/錠)で、ルメファントリンは原虫のヘムポリメラーゼを阻害すると考えられている。ルメファントリンの熱帯熱マラリア患者での血中半減期は4〜6日で、再燃を予防する効果が高いとされる。CoartemTMは東南アジアの薬剤耐性マラリア流行諸国におけるNational Drug Policyで、2nd line drugとして認められ出し、それどころか、その市場はアフリカを含めた全世界に拡大しつつある。
a)免疫力を一部持つと考えられる患者
「処方」初回4錠、8時間後4錠、24時間後4錠、48時間後4錠
b)多剤耐性地域の熱帯熱マラリア患者ならびに免疫力を持たない患者
「処方」初回4錠、8時間後4錠、翌日8錠(朝晩4錠ずつ)、翌々日8錠(朝晩4錠ずつ)
3.重症で合併症のある熱帯熱マラリアでの処方
1)PlasmotrimTM-200 Rectocaps, Mepha社
本剤はアーテスネート200mg/錠の坐薬であり、経口薬を受け付けないような重症患者で有用である。下痢を伴うような患者では適用が困難となる[本剤は「熱帯病治療薬研究班」(略称)から入手可能である]。
「処方」初日1錠2回、2〜5日1錠1回
本剤で原虫血症が改善された後は、メフロキン通常量の追加によって完治に導くのが通常の療法となる。
2)Artesunate for Injection, Guilin社
本剤はアーテスネート注射薬(アーテスネート60mg/vial)で、脳マラリアを中心とした重症マラリア患者に静注して優れた治療効果を発揮し、タイを中心とするアジア地域での報告が積み重ねられている8)。しかしながら、同剤は先進国のGMP 基準に適合していないため、欧米諸国での使用がためらわれている。わが国では限られた症例報告しかないが、その優れた有効性が例証されている9)。
「処方」1バイアルを付属のNaHCO3液0.6mlに溶解した後、それぞれの投与量をブドウ糖液50mlで希釈して数分かけて点滴静注
初回120mg、以後12時間間隔で60mgずつ2〜4回
本剤で原虫血症が改善された後は、メフロキン通常量の追加によって完治に導く。
4.今後の展望
ACTの有用性は近年ますます述べられ、アフリカでは既に23カ国、アジアでは6カ国、南米では8カ国がACTをNational Drug Policyに組み入れている10) 。一方、アーテミシニン系薬剤に対する耐性の獲得が将来もっとも懸念されるところで、新しくWHOマラリアプログラムのDirectorになった故知新博士は、世界の製薬会社にアーテミシニン系薬剤の単剤の販売をやめるように勧告している11) 。他方、世界のマラリア患者治療に必要なACTを十分量開発するには、年間数千キロのArtemisia annua を必要とし、天然に植生する量では補えきれず、The University of Yorkらが開発したhigh yield hybridsが、アジアだけでなく南米、アフリカ、ヨーロッパでも大量に栽培されるようになってきた(http://www.york.ac.uk/org/cnap/artemisiaproject/)。さらに、米国Walter Reed Army Institute of Researchが主導するアーテスネート注射薬の開発も臨床試験に達し、FDA基準のクリアーを図っている。今後ますますアーテミシニン系薬剤の開発と使用が世界で加速され、マラリア対策への重要なインパクトを与えることが期待される。
文 献
1) Hsu E, Trans Roy Soc Trop Med Hyg 100: 505-508, 2006
2) White NJ, et al ., Parasitol Today 12: 399-401, 1996
3) WHO, WHO/CDS/RBM/2001.35, 6-8, 2001
4) Looareesuwan S, et al ., Lancet 339: 821-824, 1992
5) Krudsood S, et al ., Am J Trop Med Hyg 67: 465-472, 2002
6) Tangpukdee N, et al ., Southeast Asian J Trop Med Pub Health 36: 1085-1091, 2005
7) Bathurst I, et al ., Trends Parasitol 22: 300-307, 2006
8) Krudsood S, et al ., Southeast Asian J Trop Med Pub Health 34: 54-61, 2003
9)水野泰孝, 他, 感染症学雑誌 80: 706-710, 2006
10)WHO, World Malaria Report 2005, WHO & UNICEF, Geneva, 2006 (http://rbm.who.int/wmr2005/)
11)Bohannon J, Science 311: 599, 2006
国立国際医療センター研究所適正技術開発・移転研究部 狩野繁之