最近の抗マラリア薬の開発状況

(Vol.28 p 9-10:2007年1月号)

1.はじめに

マラリアは日本から駆逐されて40年以上になるが、地球規模でのマラリアの地位は揺るぎなく、いまだに主要感染症の一翼を担っている。マラリアは現在でも熱帯地域全体に広く蔓延しているだけでなく、温帯の地域(例:韓国)にも発生していることからもわかるように、地球規模での取り組みとなるマラリア対策プロジェクトの目標達成には、多くの困難が待ち受けていると思われる。

マラリアの流行が今なお拡大する要因のひとつは、マラリアの特効薬であるクロロキンに耐性を示すマラリア原虫の蔓延と、各種抗マラリア薬に対する耐性の獲得である。これに加え、マラリア治療薬は作用機序の不明なものが多く、耐性獲得の機序もほとんどわかっていない。それ故、すべてのマラリア治療薬にも耐性を示す多剤耐性熱帯熱マラリア原虫がタイ国で見出され、それが東南アジア全域に広がりつつある。一方、マラリア媒介蚊の根絶対策は殺虫剤耐性蚊の出現と地球温暖化により、難しい状況下にある。

マラリアの制圧には、有効な抗マラリア薬を保有することが対策の基本であることはいうまでもない。そこで筆者らは、1996年より薬剤耐性原虫に有効な新しい抗マラリア薬の開発研究を行い、新規環状過酸化抗マラリア薬を見出したので、下記に解説する。

2.新規抗マラリア環状過酸化化合物(N-89およびN-251)

1980年代後半に開発されたアーテミシニン、およびその誘導体は、構造中に7員環をなす炭素の4位と6位を結ぶ分子内ペルオキシドを有し、従来の抗マラリア薬と異なる構造を有する(図1)。これらの化合物は天然物から抽出・精製して用いるため、供給が不安定で、かつ構造が複雑なために有機合成に向いてない。我々は、アーテミシニンの特異な化学構造に着目し、その欠点を補う新規抗マラリア薬の創製を目指す研究を展開し、分子内にペルオキシドを有する化合物をシード化合物として合成した約500種類の過酸化物の中から、有望な化合物を選抜した1-4)。

In vitro およびin vivo での抗マラリア作用の結果から、最も優れた薬効を示した化合物1, 2, 6, 7-tetraoxaspiro [7,11] nonadecane (N-89)と、その誘導体N-251(表1)を選抜した。この化合物は、アーテミシニンのような不斉炭素を持たない簡単な化学構造を有し、安価で大量に合成できる利点を持っている。また、クロロキン耐性熱帯熱マラリア原虫に対しても有効であることがわかった。

ネズミマラリア原虫(P. berghei )を感染させたマウスを用いる、in vivo における環状過酸化化合物の抗マラリア活性を検討した。表1にマウスに対する抗マラリア効果をまとめた。N-89およびN-251は経口投与(p.o. )でアーテミシニンより低用量で抗マラリア活性を示し、いずれの投与ルートにおいても完治例が見られた。また、本化合物のマウスに対する最小致死量は2,000mg/kg(p.o. )以上であり、極めて毒性の低い化合物であることがわかった。対照群であるアーテミシニン投与群においては、薬剤投与時のみに抗マラリア活性が見られ、投与を中止すると血中の原虫が再び増加し、投与群すべてが死亡した。これらの環状過酸化化合物について、現在サルを用いた抗マラリア薬効試験を行っており、マウスの実験結果と同様に完治成績を得ている(今後データを公開する予定)。現在、環状過酸化化合物の体内動態の解析を行い、その結果を基に臨床試験に向けた試験を展開している。

3.おわりに

日本人の寄生虫感染症の認識は低いが、海外旅行者の増加や旅行地域の拡大につれて危険性はますます高くなっている。特にマラリアは地球規模での感染症で、薬剤耐性熱帯熱マラリアの拡散により、新しい抗マラリア薬の開発は最優先で取り組むべき研究課題である。マラリア流行地の人々が待ち望んでいる新しい抗マラリア薬を提供することは、新しいタイプの国際貢献であり、日本の担うべき役割である。

文 献
1) Kim HS, et al ., J Med Chem 42(14): 2604-2609, 1999
2) Kim HS, et al ., J Chem Soc Perkin Trans 1: 1867-1870,1999
3) Kim HS, et al ., J Med Chem 44(14): 2357-2361, 2001
4) Wu, J-M, et al ., Tetrahedron 61: 9961-9968, 2005

岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(薬学系) 金 惠淑

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