蜂窩織炎を伴う敗血症患者の血液から検出されたHelicobacter cinaedi −分離・同定法に関する知見

(Vol.28 p 16-18:2007年1月号)

近年、Helicobacter pylori はヒトの消化性潰瘍の主な原因菌として注目され、細菌学的および遺伝子学的研究や病原性の研究が急速に進んだ。その過程で、H. pylori 以外にも多くの菌種がヒトや動物から検出され、現在Helicobacter 属には23菌種以上が含まれる。しかし、分離・同定の困難さゆえ、それらの菌による感染症の病態については不明なことが多い。我々は、蜂窩織炎を伴う敗血症患者の血液から検出されたCampylobacter 様細菌をHelicobacter cinaedi と同定した。その分離・同定法に多少の知見を得たので報告する。

症例:患者は58歳男性。慢性糸球体腎炎による腎不全のため週3回外来透析を施行中。2006(平成18)年8月25日、右下肢下腿に発赤腫脹。26日、39℃発熱。28日、蜂窩織炎・敗血症疑いで入院。全自動血液培養装置にて血液培養開始。セフォチアム投与開始。31日、解熱せず左下腿にも蜂窩織炎出現。9月1日、血液培養陽性となり、鏡検でグラム陰性螺旋状菌が観察された。メロペネムに変更したところ、3日には36.6℃まで解熱。7日下肢の痛みが消失し、11日発赤が消失した。しかし、12日は37.8℃、16日は38.3℃と発熱あり、シプロフロキサシンとメシル酸パズフロキサシン併用に変更した。19日、36.1℃まで解熱。28日、退院。

分離菌の形状や運動性はCampylobacter 様であったが、培養条件が厳しく、増殖速度が非常に遅いことからHelicobacter 属菌を疑って精査した。まず、発育条件を6種類の市販生培地(1)ヒツジ血液寒天培地(K)(BBL)、(2)BYチョコレート寒天培地(BBL)、(3)CDC嫌気性菌用ヒツジ血液寒天培地(BBL)、(4)TS5%ヒツジ血液寒天培地(BBL)、(5)アネロコロンビアウサギ血液寒天培地(BBL)、(6)mCCDA培地(Oxoid)で比較した(表1)。微好気条件はガスパックプラス嫌気(BBL)(カタリストは除去)またはアネロパック微好気(三菱ガス化学)を用いた。37℃、4日培養で培地(1)には透明な膜が一面に広がった状態に発育が見られた。培地(2)と(3)では菌の接種部近傍にのみ発育が見られた。培地(4)、(5)および(6)には発育しなかった。微好気条件はガスパックプラス嫌気をカタリスト無しで使用し、発生した水素ガス存在下で培養した方が良く増殖した。このような培養条件の要求は菌の継代初期に顕著であったが、数代継代以後は培地(4)でアネロパック微好気使用でも増殖するようになった。好気および嫌気条件や、25℃および43℃ではいずれの培地にも発育しなかった。生化学性状はオキシダーゼ+、カタラーゼ+、硝酸塩還元+、馬尿酸加水分解−、インドキシル酢酸加水分解−であった。形状はグラム陰性の湾曲した桿菌で、生菌の鏡検像は活発なコルクスクリュー運動と、空気に曝露後の速やかな球状化が特徴的であった。以上の性状からH. cinaedi が推定された。同定キットApi Campy(Bio Merieux)ではH. cinaedi C. lari となった。

次に、PCR-restriction fragment length polymorphism (PCR-RFLP)解析による同定を行った。PCRのプライマー CAH 16S 1a (AAT ACA TGC AAG TCG AAC GA)とCAH 16S 1b (TTA ACC CAA CAT CTC ACG AC) はCampylobacter Arcobacter およびHelicobacter 属に共通の16S rRNA遺伝子の一部を対象にしており、1004bpの産物を制限酵素Dde IあるいはBsr Iで切断したパターンから、各菌種を同定することができる1)。図1C. jejuni C. lari および患者由来株のPCR産物(A) 、Dde I切断パターン(B) 、Bsr I切断パターン(C) を示した。患者由来株はH. cinaedi に特徴的なパターンであった。H. cinaedi の同定法は他に、菌体タンパク質の解析、16S rRNA遺伝子のシークエンシング、DNA-DNAハイブリダイゼーション等があるが、PCR-RFLP法はそのパターン解析が容易で、性状の似ているCampylobacter との判別や菌種間の判定が明確であった。

H. cinaedi は、1989年にHelicobacter 属が新設されるまではCampylobacter 属に分類されており、棲息部位(主に腸管)や性状は類似点が多い。しかし、H. cinaedi は培養条件が厳しく、コロニーを形成するのに数日以上が必要である。また、病原菌としての認識度も低いことから、通常の検査で分離されるのは非常に稀である。ヒトからの分離例は、欧米において、主に免疫不全患者の症例が報告されている。日本では2003年に初めて、血液培養からの分離例が報告され、以後、菌血症・敗血症患者からの検出例が散見されるようになった。これらの多くは、免疫異常のない整形外科領域の症例で、蜂下織炎を伴っていた。本症例でも、患者は長期にわたり血液透析を実施しているものの、免疫異常は認められなかった。H. cinaedi は菌の検出が困難なゆえに、その病原性が過小評価されている可能性がある。日和見的な感染症のみならず、健常者における感染症にあっても、本菌の分離・同定を積極的に実施することで、潜在的な患者の存在が明らかとなり、H. cinaedi 感染症の疫学・病態の解明につながると考えられる。

文 献
1) Marshall SM, et al ., J Clin Microbiol 37: 4158-4160, 1999

千葉県衛生研究所細菌研究室 依田清江 内村眞佐子
千葉社会保険病院検査科 伊東高広
リウマチ科松田幸博
透析科 室谷典義
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