家族内感染の中から発症が確認されたインフルエンザ脳症の一例

(Vol.28 p 15-16:2007年1月号)

症例:3歳男児。

既往歴:1歳10カ月から気管支喘息のためテオフィリンを連日服用。1歳から熱性けいれんが計3回あり。

家族歴:母親、姉に熱性けいれんの既往。父親が、本児の発症2週間前に中国へ渡航していた(1週間滞在)が、発熱はなく、帰国後3日ほど下痢をしていた。

家族内感染の経過:姉が2006年7月10日〜12日、母親が7月15日〜16日と、それぞれ発熱しており、いずれもインフルエンザ迅速抗原検査でA型が陽性であった。同時期に調べた父親はインフルエンザ迅速抗原検査で陰性であった。

現病歴:2006年7月12日から咳、7月13日から喘鳴・発熱(38℃台)出現したため、近医を経て他院に入院した。入院時、WBC 9,800、CRP 0.75で、アミノフィリン持続点滴、ステロイドおよびSBT/ABPCの静脈内投与を受けた。7月14日深夜に体幹に膨疹が出現した。同日昼間では普通に会話可能であったが、13時に突然全身性強直間代けいれんが7分間あり、ジアゼパム坐剤6mg挿肛、ジアゼパム静脈内投与2.5mgを3回行い、けいれんは頓挫した。その後意識障害が続き、16時45分に再度3分間の全身性強直間代けいれんがあり、ジアゼパム静脈内投与5mgを行い、当院転院となった。

入院時現症:体温38.6℃、意識レベルJapan Coma Scale (JCS) 200、項部硬直はっきりせず、瞳孔正円同大、対光反射あり、深部腱反射正常、肺野に喘鳴を聴取、四肢に不定形膨疹散在。

入院時検査所見:血液生化学所見 WBC 12,200/ul、CRP 2.88mg/dl、GOT 42IU/dl、GPT 12IU/dl、LDH 437IU/dl、BS 178mg/dl、テオフィリン 7.63μg/ml。 髄液所見 細胞数 2/3mm3、蛋白12mg/dl、糖 117mg/dl。 頭部CT正常。

入院後経過:気管支喘息発作に伴う熱性けいれん重積あるいは急性脳症を考え、当初はグリセリンおよび喘息発作に対しメチルプレドニゾロン 1mg/kgを3回/日開始したが、16日深夜に振戦に伴い奇声を発する状態を繰り返し、意識障害が改善しなかったため、急性脳症と判断した。頭部MRIは正常だったが、迅速検査でインフルエンザA抗原陽性と判明したため、インフルエンザ脳症と診断し、ガイドラインに従い、同日よりリン酸オセルタミビル内服、メチルプレドニゾロンパルス療法(30mg/kg/日を3日間)、けいれん予防にフェノバルビタール投与を開始した。同日夕方には意識レベルJCS 10程度に回復し、以後けいれんはなく、7月23日には意識障害も改善した。脳波所見・MRI等問題なく、7月25日に後遺症なく軽快退院した。フェノバルビタールは漸減中止し、10月末に最終外来受診であったが、全身状態は良好で、神経学的に異常はなかった。

ウイルス学的検索:7月15日に採取した患者の咽頭ぬぐい液は、国立感染症研究所(感染研)が示しているH1およびH3亜型検出プライマーにより、またNAについては当所独自のNA型同定プライマーによりOne Step RT-PCRを実施した。その結果、A/H1N1亜型による感染であることが確認された。

ウイルス分離では、MDCK、HeLa、CaCo-2細胞で速やかなウイルスの増殖が認められ、感染研インフルエンザウイルス室配布の2005/06シーズン用同定キットによる赤血球凝集抑制(HI)試験の結果、A/New Caledonia/20/99(ホモ価 1,280)の抗血清に対して、HI価 320、A/New York/55/2004(同 5,120)、B/Shanghai(上海)/361/2002(同 640)、B/Brisbane/32/2002(同 5,120)の各抗血清に対してHI価<10であった。NA遺伝子については、PCRおよびシークエンスで確認し、分離株もA/H1N1亜型インフルエンザウイルスで あることを確認した。

また、同時に他医院から搬入された姉(5歳)の咽頭ぬぐい液(7/15採取)も、同様の検査を実施し、患児と同様の結果を得た。

考察:千葉県では2006年、インフルエンザウイルスが5月〜7月にかけて8株分離されている。今回の症例も夏季の患者であった。同時期、全国的にもインフルエンザウイルスの分離報告が少数ながらされていた。患者の正確な情報を得るとともに、感染症の流行状況を知ることは適切な診断に必要であると考えられた。

千葉県こども病院神経科 新井ひでえ 小俣 卓
千葉県衛生研究所ウイルス研究室 小川知子 窪谷弘子 岡田峰幸 吉住秀隆

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