重症マイコプラズマ肺炎の機序

(Vol.28 p 35-37:2007年2月号)

感染病態

Mycoplasma pneumoniae の表面には細胞壁が存在せず、リポポリサッカライドやペプチドグリカンなどの細胞壁成分が欠如している。経気道的に侵入した菌は気道に達すると、細胞吸着器官(tip構造)により線毛上皮に付着する。P1蛋白(170kDa)はこのtipの先端部に高濃度に集積し、気道線毛上皮細胞に直接結合するmajor attachment proteinである(図1)。P1蛋白に対する抗体でこの付着は抑制され、P1蛋白が欠損した変異株では細胞吸着性が失われ、非病原性となることが知られており、このメカニズムを利用した治療が今後検討される可能性がある。M. pneumoniae による病変形成には直接作用と間接作用がある。直接作用は菌の増殖の過程で産生される過酸化水素や活性酸素による細胞障害があるが、それらの作用は強くなく、間接障害である菌体成分が引き起こす種々の免疫反応がより重要である。

M. pneumoniae は、マクロファージなどの貪食細胞上のtoll-like receptor-1,2,6が菌膜由来のlipoprotein認識し、その後interleukin-18 (IL-18)、IL-8などを介し、T helper-1(Th1)サイトカインを活性化し、細胞性免疫反応や炎症反応を亢進させる。われわれは、小児および成人マイコプラズマ肺炎において、胸水中、血中のIL-18やIL-8値が上昇することを報告している1,2)。IL-12存在下の環境ではnatural killer細胞、Th1細胞、B細胞表面上のIL-18 受容体発現を亢進するので、IL-18はTh1サイトカイン、特にIL-2の産生亢進を起こしマクロファージを活性化し、細胞性免疫反応を活性化する。その結果、気管支血管周囲間質、細気管支への炎症細胞浸潤病変が惹起され、胸部XP、CT写真で気管支壁の肥厚像と粒状陰影を呈する(図1右側)。

一方、IL-12非存在下の環境では、IL-18受容体発現の亢進は認められず、IL-18はTh2サイトカインの炎症を惹起し、気管支血管周囲間質、細気管支への炎症細胞浸潤病変を形成せず、肺胞腔内の白血球、炎症細胞浸潤が主体で、胸部XP、CT写真で浸潤陰影を呈する(図1左側)。この気管支血管周囲間質へのリンパ球、形質細胞などの浸潤病変は、ヒトマイコプラズマ肺炎の開胸肺生検組織や、マウスマイコプラズマ肺炎病理組織でも確認されている。われわれの行ったマウスモデルでは、細胞性免疫を活性化させるIL-2の投与によりこの気管支血管周囲間質病変は増悪して、細気管支壁へのリンパ球浸潤と肺胞道のマクロファージの集積が増強し、逆に細胞性免疫を抑制するcyclosporin A (CYA)の投与では抑制される3)。つまり、宿主の肺における細胞性免疫がしっかりしていると気管支血管周囲間質病変は強く現れ、宿主の肺における細胞性免疫が低下していると気管支血管周囲間質病変は抑制される。

重症化の機序

マウスを用いたマイコプラズマ感染実験において、以前よりマウスのstrainが異なると病変の程度が異なることが知られていた。Mycoplasma pulmonis を用いた感染実験では、Th2反応優位のBalb/cマウスでは肺病変が重症で肺胞内への浸潤が著明であるが、Th1反応優位のC57BL/6マウスでは肺病変は軽症で、気管支肺動脈周囲間質へのリンパ球浸潤が主体である。この解釈として、Balb/cマウスとC57BL/6マウスの細胞性免疫応答の違いによるものと考えられた。最近それを裏づける報告がなされた4)。菌感染のBalb/cマウスとC57BL/6マウスの気管支肺胞洗浄液中のサイトカイン、ケモカインについて検討し、重症化するBalb/cマウスではTh1サイトカインが上昇しており、Th2サイトカインやGM-CSFのレベルには両マウス間に差はなかった(表1)。一方、成人のマイコプラズマ肺炎において、重症では軽症と比較して血中IL-18 値が有意に上昇し、血中IL-18値と肺炎広がりの間には正の相関が認められ2)(図2)、Th1サイトカインの産生亢進を起こすIL-18が重症肺炎に関与している可能性があると考えられた。成人マイコプラズマ肺炎の画像を検討すると、重症例では、両側の多発浸潤陰影を呈する一群と、びまん性粒状陰影と低酸素を呈する一群に分けられる。後者の場合Th1過剰反応による細気管支病変が両肺に存在するものと考えられ、これが閉塞性細気管支炎や低酸素血症を起こすのではないかと思われる5)。このような症例には、特に短期間のステロイド剤の投与が有用と考える。以上から宿主の肺におけるTh1反応の過剰反応が重症化の機序の一つと考えられる。

また、基礎疾患のない若年者の重症マイコプラズマ肺炎で、高エンドトキシン血症を呈した症例が報告されており、重症化には血中の高エンドトキシンが関与しているのではないかと推測されている6)。高エンドトキシン血症の機序としては、グラム陰性菌との混合感染というよりは、M. pneumoniae 感染によりサイトカインが活性化され、腸管壁の透過性亢進のため、エンドトキシンが腸管壁を通り門脈へ流れ込む(bacterial translocation)や肝のKupffer細胞の機能低下が起こることが考えられている。

われわれは、マウスのM. pulmonis 肺炎において、ミノサイクリンの単独治療群、ミノサイクリンとプレドニゾロンの併用治療群、プレドニゾロン単独治療群で比較したところ、ミノサイクリンとプレドニゾロンの併用治療群がミノサイクリン単独治療群よりも肺炎の治癒率が良かった。また、プレドニゾロン単独群では気管支血管周囲間質病変が抑制され、菌が全身に散布してしまったことから、プレドニゾロンの単独治療は危険であり、治療において有効な抗菌薬の併用が必須であると考えられた7)。プレドニゾロン投与などで、細胞性免疫が低下している症例では、M. pneumoniae が全身に散布されやすく、呼吸不全を伴う重症肺炎例となりやすくなるのではないかと考えられている。以上、重症化の推測を含む機序を表2に示す。

 文 献
1) Narita M, et al ., Clin Diag Lab Immunol 7(6): 909-914, 2000
2) Tanaka H, et al ., Chest 121(5): 1493-1497, 2002
3) Tanaka H, et al ., Am J Respir Crit Care Med 154(12): 1908-1912, 1996
4) Fonseca-Aten M, et al ., Am J Respir Cell Mol Biol 32(3): 201-210, 2005
5) Chan ED, et al ., Chest 115: 1188-1194, 1999
6)河本真由美,他, 感染症誌 74(3): 259-263, 2000
7)田中裕士, 他, 日胸疾会誌 32(1): 42-47, 1994

 札幌医科大学医学部内科学第三講座 田中裕士

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