肺炎マイコプラズマと喘息・喘鳴との関係について

(Vol.28 p 37-38:2007年2月号)

肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae )は、急性肺炎の主要な病原細菌である以外に、喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)の増悪に関連する慢性感染が指摘されている。従来から、急性肺炎の病原診断の際、血清抗体の上昇は、特異性が高く、M. pneumoniae 診断に頻用されてきた。最近のアジアの多施設調査による報告でも、1,374人のペア血清の得られた市中肺炎において、M. pneumoniae は12%の肺炎に関与したとの数値が示されている1)。一方、M. pneumoniae による慢性感染症や不顕性感染症の実態は、その診断法を含め、いまだ不明な点が多い。M. pneumoniae は気道上皮細胞における表層感染症を起こすと考えられているが、喘息やCOPDの患者においては、慢性感染を起こす病原細菌として、細胞内寄生体の肺炎クラミジア(Chlamydophila pneumoniae )と合わせ論じられることが多い。どちらの病原細菌も、慢性感染に関しては、不明な点が多い。すでに診断法として確立したM. pneumoniae C. pneumoniae のPCR法であるが、気道検体でM. pneumoniae C. pneumoniae 抗原が陽性と判定されても、活動的な病原因子が存在しているのか、断片にすぎないのかは不明であり、特に、気道生検の材料を用いた成績では、PCR法による判定と、培養法、血清抗体の検査法との相関がみられない現状がある。喘息患者では、非喘息患者と比べて、M. pneumoniae C. pneumoniae 感染症の頻度が高く、感染のある患児では、その後の喘鳴の頻度が高くなると報告されている2)。喘息増悪との関連に関しては、気道粘膜の生検材料において、M. pneumoniae 感染に伴い、気道の浮腫、マスト細胞の増加、血管の拡張が起きていた3)。IL-5の増加、好酸球の増加の報告もある4,5)。マスト細胞や好酸球の増加は、気道狭窄や抗原感作を進行させる方向に作用する可能性がある。このような結果から、喘息発症に及ぼすM. pneumoniae の役割は、想像以上に重要なものかもしれない。

適合抗菌薬治療が喘息改善に影響するかに関しては、抗菌薬により喘息症状や呼吸機能が改善しても、M. pneumoniae C. pneumoniae 感染症が関連するかは、報告により異なる結果が得られている。Kraft Mら6)は、慢性喘息の55人の患者において、PCR法で31名のM. pneumoniae C. pneumoniae 感染を証明した。6週間のクラリスロマイシン治療の二重盲検試験法では、喘息改善がみられたが、M. pneumoniae の感染が証明された患者で、肺機能が有意に改善された。治療群のBALF(気管支肺胞洗浄液)検体において、TNF-alpha 、IL-5、IL-12など、サイトカインのmRNAが低下した。一方、Johnstonら7)は、テリスロマイシンによる10日間の喘息治療の二重盲検試験を行い、抗菌薬が投与された患者群で、喘息症状スコアが低下した。この調査対象者の60%の人に、M. pneumoniae C. pneumoniae の感染が証明されたが、その感染の有無と、喘息改善との関係は見出せなかった。Chuら8)は、M. pneumoniae 感染のある喘息者15人において、6週間のクラリスロマイシン治療の前後を比較した。気道生検では、気道の血管の数や浮腫の程度は、コントロールと差がないが、血管のサイズが拡大しており、治療により気道浮腫がとれ、気道血管の数は相対的に増加した。

一般的な気道ウイルスとは異なり、M. pneumoniae 感染症の好発年齢は、幼児期から学童期である。小児期は、圧倒的に免疫力の未熟な乳児の下気道炎が多く、この時期の下気道感染症では、高率に気道狭窄を伴う。私たちの調査でも、喘息既往の有無と無関係に、乳幼児期の下気道炎患児は、高率に喘鳴を呈している(図1)。乳幼児期の下気道炎患児からM. pneumoniae 培養を試み、喘鳴のある下気道炎群と、喘鳴のない下気道炎群において、M. pneumoniae 陽性率を比較してみると、喘鳴群でM. pneumoniae 感染の頻度が高く、4歳がピークであった(図2)。培養法を用いた調査によると、M. pneumoniae 感染症は、4〜5歳をピークとした感染症であり、5歳以後は、喘鳴のない急性肺炎患児でM. pneumoniae が高率に陽性となった。この年齢になると、ウイルス性肺炎が減少するため、小児肺炎に占めるM. pneumoniae の頻度は高く、臨床診断は容易であった9)。

近年、感染症の重症化、遷延化には、ホスト側の感染防御因子が指摘されている。特定の個人において、自然免疫、獲得免疫に関係する遺伝子異常の結果、制御する機能蛋白に欠陥が生じ、効率のよい病原体排除が果たせない。臨床的に多彩なM. pneumoniae 感染症が存在する理由についても、今後のさらなる診断法の進歩、病態解明への研究成果が期待される。

 文 献
1) Ngeow YF, et al ., Int J Infect Dis 9: 144-153, 2005
2) Esposito S, et al ., Eur Respir J 16: 1142-1146, 2000
3) Martin RJ, et al ., J Allergy Clin Immunol 107(4): 595-601, 2001
4) Esposito S, et al ., Pediatr Pulmonol 34: 122-127, 2002
5)永山洋子,他,児呼吸誌 12: 7-17, 2001
6) Kraft M, et al ., Chest 121(6): 1782-1788, 2002
7) Johnston SL, et al ., N Engl J Med 354: 1589-1600, 2002
8) Chu HW, et al ., Chest 120: 416-422, 2001
9) Nagayama Y, et al ., J Infect Dis 157: 911-917, 1988

千葉県健康福祉部 永山洋子

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