Mycoplasma pneumoniae 感染症に関して現在日本国内で最も多く用いられている血清診断法は、微粒子凝集(PA)法である。本法は間接赤血球凝集(IHA)法として開発された方法論で、その赤血球を高比重微粒子に置き換えることにより感度と特異性を高めたものである。主としてIgM抗体、従としてIgG抗体を検出する。本法は階段希釈による半定量法であり、単一血清で640倍以上、あるいはペア血清で4倍以上の上昇が認められた場合の特異性は高いが、感度は90%に満たず、各種ウイルス抗体検査の感度がおよそ100%に近いことと比べると、十分とは言えない(表11))。また近年、M. pneumoniae 特異的IgM抗体を検出する簡易イムノクロマトグラフキット法であるイムノカード(IC)マイコプラズマ抗体(テイエフビー)もその簡便性と15分以内に結果が出る迅速性から、広く使われるようになった。一方、IgM抗体を検出する寒冷凝集法は特異性が低く、IgG抗体を検出する捕体結合法は早期診断に適さないことから、使われなくなりつつある。
M. pneumoniae 感染症の血清診断で最も注意すべき点は、同じ血清診断でも基本的には一生に1度しかかからず、一般集団の中で常に流行しているわけでもない麻疹や風疹のようなウイルス性疾患のそれと同列に考えてはならないことである。すなわちこれらウイルス感染症では、IgM抗体を検出することの急性期診断としての診断的意義は高い。一方これとは異なり、本病原体は一般集団の中に常に存在し、いわゆる非定型肺炎まで発症することはなくても一生の間に何度か感染は起こしていると考えられる点が重要である。そしてM. pneumoniae に特異的なIgM抗体、IgG抗体はともにいったん感染して産生されると、個人差はあるものの、少なくとも半年間、長ければ1年以上、血中に残存している。このためPA法にせよIC法にせよ単一血清による検索では、たとえ抗体が検出されてもそれが既往感染によるものである可能性を否定できない。急性感染の確定診断とするにはやはりPA法のような半定量法により、ペア血清における抗体の変動を捉えることが基本である。この点はとりわけ流行期においてIC法を診断に用いる際には留意されなければならない。いったんM. pneumoniae 感染症に罹患した場合、IC法では相当期間は陽性になるため、その間はその他の病原体による肺炎も単一血清によるIC法の結果次第では「マイコプラズマ肺炎」と診断され、症例数が実際より水増しされていく危険性がある。
現在のような大きな流行状況の際にこそ、より正確な診断が望まれる。この点IgM、IgG、さらにはIgA抗体を分別して検出可能なELISA法は、現在の日本では保険診療できないが、欧米ではすでにM. pneumoniae 感染症診断の標準法となっており、有用性が高い。具体例を表22)に示す。例1、2は肺炎例、例3はリンパ節炎例である。ELISA法は現在保険診療による実用化を準備中のMedac 社(ドイツ)のキットを用いた。例1、2に示されるようにPA抗体価、ELISAによる各抗体価は病初期に最も高く日数の経過とともに漸減しているが、IC法では例1で 527日、例2でも 248日など、半年以上は「陽性」を持続しており、観察期間中には陰性化していない。また例3の21日目においてはPA法で640倍の抗体価が観察されているが、これは前血清とペアで見ると4倍以上の変動にはなっておらず、またELISAによる検索ではIgM抗体、IgG抗体ともに検出されてはいるが、例1、例2の急性期と比較すると明らかに低値で、かつ変動しておらず、かなり近い時期の感染ではあるがあくまで既感染であり、急性期ではないと考えられる。このような場合、単一血清による診断では誤診を招く可能性があり、やはりペア血清による診断の重要性が強調される。
以上のごとく、M. pneumoniae 感染症の血清診断には感度・特異性を含めいくつかの問題点があるが、それが広く認識されているとは言えない。一般診療における診断精度を向上させるためにはマイコプラズマ学会などの学会が中心となり、既存の血清診断法を用いた場合の一定の診断基準を作成する必要性も考慮される。また、今後ELISA法が保険適応となり実用化された場合、その普及による診断精度の向上も望まれる。
文 献
1)成田光生,肺炎マイコプラズマ菌のマクロライド耐性化が臨床に及ぼす影響と問題点,「百日咳菌、ジフテリア菌,マイコプラズマ等の臨床分離菌の収集と分子疫学的解析に関する研究」厚生労働科学研究費補助金(新興・再興感染症研究事業)平成17年度総括・分担研究報告書: 59-65, 2006
2)成田光生,マイコプラズマ感染症診断におけるIgM抗体迅速検出法の有用性と限界,感染症学雑誌 81(2), 2007(3月発行予定)
札幌鉄道病院小児科 成田光生