Mycoplasma pneumoniae は主に小児および若年成人における市中肺炎の原因菌であり、マクロライド系抗菌薬が治療の第一選択薬として使用されている。2000年以降、臨床検体よりマクロライド耐性株が分離されているが、マクロライド耐性M. pneumoniae 感染症例であってもマクロライド系抗菌薬による治療が有効であった事例もあり、本耐性の臨床的な意義は明確ではなかった。そこでM. pneumoniae におけるマクロライド耐性が臨床経過にどの程度影響するのかを明らかにするため、マクロライド耐性菌および感性菌各々の感染症患者のマクロライドによる治療経過の比較検討を行った。
対象は発熱や呼吸器症状を訴えて小児科を受診し、M. pneumoniae 感染症であることが実験室診断により確定された患者とした[実験室診断基準:(1)呼吸器検体よりM. pneumoniae が分離、または、(2)咽頭スワブを用いたPCR法でM. pneumoniae のDNAが陽性かつPA抗体価でシングル血清640倍以上、またはペア血清で4倍以上の上昇]。また、PCR法によりマクロライド耐性獲得に関わる23S rRNA遺伝子の変異を検索し、変異を認めた株が分離された患者を耐性菌感染患者、変異が認められなかった株が分離された患者を感性菌感染患者として診療記録などから臨床情報を収集し、発熱期間や抗菌薬投与歴などを主たる指標として両者を比較した。
実験室診断基準を満たし、必要十分な臨床情報が得られた耐性菌感染患者11例(平均年齢7.6歳、0歳〜13歳)と感性菌感染患者26例(平均年齢6.5歳、1歳〜14歳)の2群を比較した。両群において年齢および性に有意差は認められなかった。
両群における有熱期間(38℃以上の発熱を認めた期間)、抗菌薬投与歴などの臨床経過の比較を表に示す。発症から解熱するまでの全有熱期間は耐性菌感染患者が8日に対し、感性菌感染患者5日(P <0.05)と、耐性菌感染患者で有意に延長していた。発熱からマクロライド投与開始までの期間は両群で有意差は見られなかったのに対して、マクロライド投与下の有熱期間では耐性菌感染患者が有意に延長していた(耐性菌感染患者3日vs.感性菌感染患者1日、P <0.05)。このことから全有熱期間の延長は耐性菌感染患者におけるマクロライドによる治療効果が感性菌感染患者にくらべて劣っていることによるものであり、マクロライド系抗菌薬による治療開始時期の違いによるものではないと考えられた。さらにマクロライド系抗菌薬投与後、担当医によって他の抗菌薬に処方が変更された患者の割合も耐性菌感染患者で有意に高かった(耐性菌感染患者64%vs.感性菌感染患者3.8%、P <0.001)。抗菌薬処方時、担当医はマクロライド耐性の有無に関する情報をしり得ていないことから、担当医による抗菌薬の変更は、マクロライド系抗菌薬による治療効果が不十分であるとの臨床判断を反映しているものと考えられた。以上の結果より、マクロライド耐性M. pneumoniae 感染症患者をマクロライド系抗菌薬で治療した場合、有熱期間が遷延し、その治療効果がやや劣ることが明らかとなった。
しかし本研究では、咳など発熱以外の呼吸器症状や胸部レントゲン写真所見に関しての評価は実施していない。マイコプラズマ肺炎では宿主免疫応答が病像において重要な役割を果たしていると考えられ、かつマクロライド系抗菌薬には抗菌活性以外の免疫修飾作用が指摘されていることから、耐性菌感染患者であってもマクロライド投与により呼吸器症状の軽減など、何らかの臨床的有用性が得られている可能性は否定できない。
テトラサイクリン系抗菌薬やニューキノロン系抗菌薬はマクロライド耐性M. pneumoniae に対して有効な抗菌活性を持つが、罹患患者の中心を占める小児に対しては副作用の面から使用が制限される。現時点でこれらの薬剤を小児のマイコプラズマ肺炎の第一選択薬とすることは妥当ではなく、患者の基礎疾患や重症度に応じてマクロライド耐性M. pneumoniae の可能性を考えた治療薬の選択が必要と思われる。
国立感染症研究所細菌第二部 鈴木里和